晩夏の風
うだるような暑さの日、花屋でトルコキキョウとひまわりを束ねてもらう。
今日、これを渡す人は、決して笑ってくれない。
「ありがとう」とも言われない。
これは、お墓に供える花だからだ。
晩夏。セミの声は聞こえない。
お寺に入ると木漏れ日が暑さをほんの少し和らげる。お線香を買う。
お寺のお姉さんと「暑いですね」「ええ、本当に」とことばを交わす。
意味のない会話ではなく、わたしは大丈夫なんだ、こうやってちゃんと世間話もできる、と言い聞かせるみたいに。
お線香を立て、花を供えて、墓石を洗い、水をかける。
虫がいれば「会いに来てくれたのかも」と思い、鳥が鳴けば「よく来たねって言ってくれてる」と思う。
科学的根拠なんてないが、こうやって正解のないものにすがりつくことでしか生きられないときもある。
トルコキキョウとひまわりが風に揺れる。風なんてただの自然現象なのに、なにもかもに意味付けしたくなる。花を渡しても何も返ってこないことだけが、紛れもない現実であるにもかかわらず。
手を合わせると、優しい風が吹いた。
それはまるで、わたしの頭を撫でるかのような、柔らかい風だった。
泣きそうになったので、口を固く結んでお寺を後にする。
グッバイ、死んだ人。わたしは強く生きていかなければならぬ。
反応がない花束をこれからも買い続けながら、風や鳥や虫に不思議な力を感じながら、痛々しく生きなければならぬ。
帰りに喫茶店に寄って冷たいカフェオレを頼む。いつもは入れない砂糖をドバドバ入れる。
これは慰めの砂糖。晩夏の風に揺れる心を慰めるための甘さだ。
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