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YESと言えない判断がある。空港の現場で

あのときYESと言っていたら、
私はきっと、
一生、空を見られなかったと思う。

チェックインカウンターに立っていると、
ときどき判断を迫られる瞬間があります。


その日、目の前に立っていたのは妊婦の方だった。

安全確認として、私はいつも通り質問をした。

妊娠週数、体調、出産予定日。

上空では気圧が変わる。
何かあれば、対応するのは機内のクルーです。

だからこそ、引き継ぎも含めて、確認は欠かせない。

「26週です」

そう答えた彼女に出産予定日を尋ねると、
はっきりしない。
計算が合わない。

お腹の大きさが、どうしても気になった。

「予定日が分からないと、ご搭乗いただけません」

そう伝えたとき、胸の奥に小さなざわつきが残った。

信じたい気持ちと、YESと言ってはいけない直感が、
同時にそこにあった。

そのお客様は、ただ一言、
「早くチェックインしてよ」
「もう、質問に答えたでしょ!」

しばらくして、
見送りに来ていた父親らしき人物が近づいてきた。

「どうしてチェックインしてくれないの?」と。

その手には、母子手帳があった。

ほぼ強引だったと思う。

それでも見せてもらった母子手帳に
書かれていたのは、
出産予定日まで、あと1週間という現実だった。

正しかったと分かった瞬間、
ほっとするより先に、背中が冷えた。


もし、あの場でYESと言っていたら。
もし、空の上で何かが起きていたら。

上空では、引き返すことは簡単じゃない。

ダイバートと呼ばれる、
どこかの空港への緊急着陸になることもある。

そうなれば、数百名のお客様だけでなく、
その空港で対応するスタッフにも影響が及ぶ。

そのとき現場で対応するのはクルーで、

判断したのは私だ。

空の上では、やり直しがきかない。


時々、飛行中にお産が進み出産してしまったと
ニュースを目にすることもある。

それは、無事だったからこその、ニュース。

私はお客様を疑ったわけじゃない。
むしろ、信じたい気持ちは確かにあった。

でも、
信じることと、YESを言うことは同じじゃない。

信じたい気持ちがあったからこそ、
私はYESと言えなかった。

搭乗できないと伝えたその判断は、
誰にも褒められなかった。

空気は重く、その場は静かに終わった。

それでも、私はその判断を選んだ。


現場責任者の仕事は、
その場を丸く収めることじゃない。

誰かをがっかりさせないことでもない。

その一瞬を越えた先に、
何が起きるかを引き受けることだ。

YESを言わないことも、仕事のうちだ。

今も私は、空港で空を見る仕事をしている。

あの日YESと言わなかったから、
今も変わらず、空を見上げることができている。

空港の現場には、YESと言えない判断が、確かにある。

その判断を、今日も誰かが、どこかで引き受けている。


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