中小企業診断士1次試験、あと1マーク。クラウディング・アウトの夏。
8月2日、15時。試験は終わった。
3年目の中小企業診断士1次試験。残り3科目、経済・財務・中小。
1年目と2年目は、通信教材で独学した。2年目に点数がむしろ後退したのを見て、今年はやり方ごと変えることにした。TACに通う。平日の夜を週2回、19時から21時半まで八重洲の教室に座る。昼は営業部長として会議やデスクワークに埋まる。そこから週に2度、会食を避け夜をまるごと差し出す。時間も、優先順位も、ここに寄せると決めた3年目だった。
結果は、経済48、財務56、中小72。合計176点。合格ラインの180点に、4点足りない。マークにして、たった1つ。
……と、結論だけ先に書いてしまえば、それはそれで嘘ではない。ただ、その4点がどこで消えたのかは、記録として残しておきたい。

1ヶ月前、模試の記事にこう書いた。「崩れる場所を先に見つけられたなら、それはむしろ収穫」と。あのときの財務40点というショックを、残り1ヶ月で立て直すと決めた。実際、財務は本番で56点まで戻した。模試から+16点。崩れからは、確かに回復した。
それでも、60点まで4点、足りなかった。
そもそも、資格試験は得意なはずだった
40代の後半、私はIPAの試験を順にパスしていった。ITパスポート、基本情報技術者、応用情報技術者、情報処理安全確保支援士。すべて一発合格。ついでに、いまより難しかったG検定も、難なく一度で通った。
正直なところ、あの数年で私は「資格試験というものが得意な人間」だと思い込んでいた。テキストを読み、過去問を回し、傾向を掴む。手順さえ守れば必ず通るゲームなのだと。
その勘違いのまま、49歳で中小企業診断士に手を出した。そして、沼にハマった。
3年経ってようやく分かったのは、IT系の資格と診断士では、要求されている頭の使い方がまるで違うということ。IPAの資格は、情報技術という一本の幹の上に知識が積み上がっていく。基本情報で覚えたことが応用情報を助け、応用情報の理解が支援士に効く。問われるのは、与えられた文脈から論理を組み立てる力だ。私が得意としてきたのは、まさにそこだった。
対して診断士の1次は、経済学、会計学、経営学、生産管理、法律、情報工学、行政政策。7つの学問が横並びに置かれ、互いにほとんど助け合わない。経営法務の知識は、経済学に一滴も流れ込まない。問われるのも、論理ではなく、離散した事実の精密な記憶と、それを制限時間内に取り出す速度。
積み上げるゲームだと思っていた。実際は、広げるゲームだった。
経済 ── 「模試から12点伸びます」
模試の経済は48点だった。完成答練①も48点、完成答練②も48点。3回続けて、判で押したように48点。
模試のあと、TACの新井先生の最終講義で、こんな言葉があった。「模試からここで12点伸びます」。
その一言を、素直に信じた。48+12=60。ちょうど届く。残り1ヶ月、経済に学習を積み増した。「グラフを制する者は、本試験を制する」という先生の型に沿って、AD-ASを白紙に描けるようになるまで繰り返し、乗数も弾力性も、式変形ではなく暗記で処理できるところまで落とし込んだ。手つかずだった過去問も、R3からR7まで毎週一年分ずつ通した。

R5は84点、R7は60点。去年の本番で40点だったR7を、今年の自分は60点で解いている。財務も36点が68点になっていた。数字の上では、確かに伸びていた。直前には、平常の年であれば60点を超える水準まで、間違いなく仕上がっていたと思う。12点は、決して絵空事の数字ではなかった。
そして本番、経済が難化した。
まるでクラウディング・アウト
時間が足りなくなった。最後まで解き切れず、結局48点。4回目の48点だった。
今年の経済は、小問のない大問が25個。ひとつの題材で複数問を稼げず、25回ゼロから処理し直す設計だった。例年より処理量が明らかに多い。そこに、型を持っていない初見の論点が混ざる。1問あたり2分半は、最初から余裕のない数字だった。
崩れた場所は、はっきりしている。問11と問12だった。
この2問で、私は粘ってしまった。もう少しで解ける気がした。実際、時間さえあれば解けたかもしれない。気づいたときには残り10分、未着手が8問。そこから先は、浅慮の作業で失点が嵩んだ。
トリアージが要ることは、分かっていたはずだった。読んで30秒で型が浮かばなければ△、2分で着地しなければ△。自分でそう決めていた。それを1日目の1科目目、最初の1時間で守れなかった。
積み上げた得点力が、本番難化の高負荷に押し返される。マクロ経済学で学んだクラウディング・アウトみたいだ。財政出動が金利上昇を招いて民間投資を押しのけるように、こちらの努力も、当日の高負荷に押しのけられた。皮肉なことに、その現象を説明する科目自体が、その現象の当事者になった。
ただ、クラウディング・アウトには、もうひとつの論点がある。財政出動で押し上がった利子率は、下がらない。元に戻るのは、GDPだけだ。
私の48点も、たぶんそれだ。3年目、点数は48点のまま動かなかった。でも、その48点を取るために必要な実力の水準は、去年とは違う。戻ったのは点数だけで、上がった水準はそのまま残っている。今年積み上げた資本は、そのまま来年の期首に繰り越される。
中小 ── 大海原に、地図ができた年
今年、去年までと最も変わった科目。中小企業経営・政策。
1年目53点、2年目55点。とくに2年目は、超易化と言われた年だった。「今年取れなければいつ取るのか」という年に、数マーク足りずに落とした。
ずっと苦手だった。範囲が広く、フラットで、どこにも手がかりがない。白書の数字も政策の名前も、覚えても覚えても次から次へと押し寄せてくる。まるで大海原に放り出されているようで、何を捨てて何を取ればいいのかが、独学ではまるで見えなかった。今年TACに通うと決めた最大の理由は、実はこの科目だった。
小口先生の講義は、その海に航路を引いてくれた。「白書は経済センサス・実態基本調査・雇用保険事業年報の3つで6割」。数字を丸暗記するのではなく、上がったのか下がったのか、一貫しているのかを見る。そういう掴み方があるのだと、初めて知った。
だから私は、講義中の雑談も、気になるところはファイナルペーパーに落とした。先生がふと漏らす「これはそろそろ出ますよ」「ここは毎年みんなが間違えるところ」という一言が、後になって効いてくる。実際、労働分配率も取適法も、雑談の中で温度が上がった論点ほど、本番で顔を出した。
もっとも、今年最大のヤマと言われたスケールアップは出なかった。代わりに、出ないだろうと言われていた新事業進出・ものづくり商業サービス補助金が現れる。試験後のXには、没問祈願がトレンド入りしていた。
それでも、72点。模試の75点に続いて、7割超え。科目合格。今年、唯一自分の設計通りに動いた科目だった。ヤマが外れても慌てずに残りを拾えたのは、地図を持って会場に入れたからだと思う。
そして今、来年のことを考えている。科目合格したのだから、来年は免除できる。でも、TACに通い続けるのなら、この科目はもう一度受けようかと思っている。今年の72点が偶然でないなら来年も同じくらいは取れるはずで、それは合計点を押し上げるクッションになる。苦手科目が得点源に変わった。この変化は、手放すには惜しい。
わかったこと
本番が終わって、静かに振り返って気づいたことがある。今年、崩れたのは知識ではなかった。
見たことのある形の問題なら、解ける。見たことのない形が出た瞬間、手が止まる。実務の現場であれば、時間をかけて考えればいい。試験は、数分でその場を切らなければならない。
求められていたのは、診断士としての知識の広さではなく、有事における意思決定の速さだった。分からない問題に当たったときに、粘るか、見切るか。その判断を、型として持っていたかどうか。持っていた中小は残り、持ちきれなかった経済で押し戻された。
ちなみに、50歳前後を境に脳が急激に劣化しているのではないか、という疑いもよぎった。IPAを駆け抜けていた頃と、今の自分は違うのではないかと。でも調べてみると、その手の急落には生理学的な根拠がほとんどないらしい。年齢とともに落ちるのは新しい情報を素早く処理する速度の方で、それも50代前半までは極めて緩やか。むしろ経験を束ねて使う力は、50代以降も伸びていく。だとすれば、足りなかったのは頭の良し悪しではなく、初見の問題に数分で見切りをつけるという、一点の技術ということになる。むしろ都合がいい。鍛えれば直る種類の弱点だと分かったから。
もうひとつ、受け方そのものにも仕掛けがあったらしい。科目合格の免除を使って受験科目を絞り込むほど、残った科目の難化を丸ごと被ることになる。7科目まるごと受ける人は、1科目が爆弾でも他で相殺できる。3科目に絞った私は、その保険をすでに手放していた。「あと1マーク」で止まる176点あたりに集中しやすいのは、偶然ではなく、この試験の設計が生む構造なのだという。
来年、経営と運営が戻ってくる
1年目に科目合格した企業経営理論と運営管理は、有効期限が今年まで。来年は、この2科目を改めて受け直すことになる。
一見、負担が増えるように見える。でも今回学んだことを踏まえれば、これはむしろ保険を取り戻す作業でもある。得意な科目を受験の輪に戻せば、どこか一つが難化しても、他で相殺できる設計に近づく。今年3科目で背負っていたリスクを、来年は分散できる。中小をあえて再受験しようと考えているのも、同じ理屈だ。
土台は、今年すでに積んだ。上に乗せるべきは、制約された時間の中で出し切る技術。それだけ。
来週から、2次直前講義・演習に通う
来週から、2次試験の直前講義・演習を受けに行く。今年10月の2次試験は、当然ながら受けられない。1次を通っていないのだから。
それでも行くのは、来年の1次に効くからだ。2次で扱う事例は、企業経営理論と運営管理の知識をそのまま使う。来年その2科目が戻ってくる以上、2次の教室で学び直すのが、いちばん筋のいい復習になる。
そして、財務のため。今年は56点で止まった。あと4点。1次のマークシートの目線で追いかけている限り、この4点は埋まらない気がしている。2次の事例Ⅳは、同じ財務を経営の意思決定として扱う。ひとつ上の視座から見たとき、1次の設問がどう見えるようになるのか。それを確かめに行く。
自信とは、多くを知っていることではない。
答えが分からなくても、考え抜いて行動すればなんとかなると信じること。
── リサ・スー(AMD CEO)
今年の直前期、ファイナルペーパーの1ページ目に、この言葉を置いていた。積んだのは前半だった。足りなかったのは、後半のほうだ。
来年の一次試験は、暦の上ではおそらく8月7日・8日。距離は縮んでいる。あとは、その最後の1マークを、どう取りにいくか。
Fourth time's the charm.
