西行の足跡 その32
30「かつみ葺く熊野詣での泊をばこもくろめとやいふべからん」
西行上人集雑521
熊野参詣路にある日高の宿は、端午の節句に菖蒲では鳴く、真菰で屋根を葺いている。菰と黒目で「こもくろめ」、なんて言ったりして。
この歌の「かつみ」とは何なのか、また、「こもくろめ」とは何なのかについて、読み解いていこう。次の二つの歌が手がかりになる。
「をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも」
万葉集・四巻・0675
佐紀沢に生える花かつみ――かつて思いも知らなかった恋をするのであるよ。
この歌は中臣女郎が大伴家持に贈った歌である。万葉集で「花かつみ」が出てくるのはこの歌だけだが、『古今和歌集』では盛んに詠まれるようになった。
「陸奥の安積の沼の花かつみかつみる人に恋やわたらむ」
(古今和歌集14巻巻頭 詠み人知らず)
みちのくの安積の沼の花かつみの名の、かつみというように、かつがつに不満足ながら、ともかくも、ちょっと逢ったばかりの人なのに、心に恋しく思って、永く月日を暮らすことであろうか。
この歌で初めて安積の沼(現在の福島県郡山周辺)と地名が表記された。この和歌が出て以来、花かつみは安積沼と結びつけて歌われるようになったという。
ところで、この「花かつみ」あるいは「かつみ」とは何なのだろう。『能因歌枕』という最古の歌枕書の中に記されている、「こもをば かつみといふ」という一節から来る「花かつみマコモ説」だったという説がある。一説では菖蒲の仲間とも。
『俊頼髄脳』では、「(花)かつみ」とは「こも」のことを言うとある。陸奥では端午の節句には「あやめ」を葺かずに、「かつみ葺き」と称して「こも」を葺く風習を紹介している。
西行は「あやめ」すなわちショウブではなく、「かつみ」すなわちアヤメを葺く風習を、陸奥ではなく熊野で発見したということになる。
「くろめ」というのは何か分からないが、「願ほどきのための籠もり屋」なのではないかとも言われる。
「桜散る宿にかざれるあやめをばはなさうぶとやいふべかるらん」
山家集上・夏・202
高野山の中院に、端午の節句に菖蒲を屋根に葺いた坊があった。その屋根に桜が散り重なったら、花と菖蒲で花菖蒲、なんていったりして。
花の美しくない「ショウブ」に「アヤメ」のような美しい花を咲かせて、邪気払いの効能を持つ「花あやめ」という幻想は、「こも」と「くろめ」が合わさった「こもくろめ」となって、別の幻想を生み出す。それが何かは、いつかは分かるかもしれないし、永遠に分からないかもしれない。
