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🎳 『フィジカルの夜』 🕺🎶第一章

昭和57年、香川県白鳥町。白鳥日商ボウルの入り口にはネオン管がゆらめき、かすかな潮風がレーンの奥まで漂ってくる。

夏の土曜、まだ日が残る18時。ジュークボックスから流れてくるのは、誰もが少し首を傾げるような洋楽のリズム——オリビア・ニュートン=ジョンの「Physical」。英語の歌詞はほとんどわからないけど、何かが始まりそうな期待感だけは伝わってくる。

リョウは、地元の高校を出たばかりの19歳。髪を7:3に分けたまま、初めてムースで前髪を立ち上げていた。見慣れた白鳥町が、今夜だけはちょっとアメリカっぽく見える…そんな気がした。

ボールを持ってレーンに立った瞬間、「Let’s get physical, physical♪」のコーラスが場内を満たす。

隣のレーンでは、東京から帰省中のサキが笑っていた。ひと月前、リョウは勇気を出して彼女に声をかけた。彼女は一瞬驚いたが、「またこのボウリング場でね」と言って、東京へ戻ってしまった。

「今日しかない」と、リョウは思っていた。曲に合わせるようにボールを放つと、ピンが一気に跳ね飛ぶ。ストライク。初めてだった。

サキが近づいてくる。

「その曲、知ってる? 東京のディスコで流れてた。まさか香川で聴くとは思わなかったよ。」

リョウは少し照れて、「意味はよく分からんけど、勢いはあるな」と答えた。

ジュークボックスは曲を終え、カセットの回転音が静かに聞こえていた。外では蝉が鳴き始める。

それからふたりは何度もボウリング場で待ち合わせをし、「Physical」は彼らの合言葉になった。世代も言葉も、海を越えてやってくる曲に、何か大切なものを託して。

白鳥日商ボウルはやがて閉館したが、ジュークボックスだけは今も誰かの倉庫で眠っているらしい。

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