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お客様が「数字」に見えた日― 営業という仕事の倫理葛藤 ―



あの日、はっきりと自覚した。

目の前の人が、
“今月あと1件”に見えた。

名前でもない。
背景でもない。
人生でもない。

ただの「1」。

その瞬間、背筋が少し冷えた。


1. 不要だと分かっていながら、提案した日


一度、明らかに優先度の低いお客様がいた。

困っていない。
緊急性も高くない。
今すぐ必要という状況ではなかった。

だが、単価は高くなりそうだった。

私は提案した。

理屈はこうだ。
• 将来的には役立つ可能性がある
• 早めに準備しておくのは悪くない
• 他社に取られる前に押さえておくべきだ

すべて“正論の形”をしていた。

でも本音は違う。

「今月の数字が欲しかった。」

成約は取れた。
しかし後日、利用は伸びなかった。

そのとき初めて気づいた。

自分は“価値”ではなく“達成”を売っていたと。


2. 顧客を「入りやすい順」に並べていた


営業リストを作るとき、
私は無意識に順番をつけていた。
• 決まりやすそうな人
• 話を聞いてくれそうな人
• 断らなそうな人

本来なら優先すべきは
• 困っている人
• 影響度の高い人
• 長期的価値が高い人

のはずだった。

だが私は、心理的負荷が低い順に回していた。

これは人間として自然だ。

人は成功体験を求める。
失敗のストレスを避ける。

だがその選択は、
顧客価値の最大化ではない。

自分の安心の最大化だった。


3. 大型契約が消えそうになった瞬間


ある大型案件。

断られそうになった瞬間、
頭に浮かんだのは顧客の事情ではなかった。
• 今月の未達
• 上司の反応
• 評価への影響
• 社内での立場

ゾワっとした。

あれは「契約が取れない恐怖」ではない。

「自分の損失への恐怖」だった。

本来考えるべきは、
• なぜ不安なのか
• 何が足りなかったのか
• 本当に必要なのか

のはずだ。

だが私は、自分の未来を先に考えていた。

その瞬間、
顧客は完全に“数字”になった。


4. これは個人の弱さなのか?


最初はそう思った。

「自分が未熟なのだ」と。

だが冷静に考えると、
構造はもっと強い。

営業は数字で評価される。
• 売上
• 件数
• 単価
• 達成率

評価制度が短期KPI中心なら、
思考も短期最適になる。

これは心理学でも知られている。

人は損失を回避しようとすると、
倫理よりも自己保存を優先する。

つまりこれは
“人格の欠陥”ではない。

制度が生む副作用でもある。


5. それでも残る問い


だからといって、
仕方ないで済ませていいのか。

営業という仕事は、

・数字の世界
・競争の世界
・評価の世界

であることは変わらない。

だが同時に、

・信頼の仕事
・長期関係の仕事
・人間理解の仕事

でもある。

どこに線を引くのか。

不要だと思ったら止められるか。
自分の恐怖より顧客の価値を優先できるか。

ここが分岐点だ。


結論


お客様が数字に見えた日。

それは堕落の始まりではない。

自分の倫理観が目を覚ました日だ。

問題は、
その違和感を無視するか、
向き合うか。

営業は数字の仕事だ。
だが、人間の仕事でもある。

両立は簡単ではない。

だからこそ、
営業は怖くて、深い。

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