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40代で教師退職|辞めた理由と目的を明確にして前に進む

4月1日になりました。
ラジオでもテレビでも「新しい生活」「新しい出発」を謳い文句に、たくさんの番組が放送されています。
その流れを堰き止め、置き去りにされるように、私は20年間勤めた教師を辞めました。
3月末で、退職することとなりました。
転職先も、ありません。
「今日から夫の扶養に入ります」ということだけを切り取れば「人生初扶養者」という、私の新しい生活が始まります。

退職することになったのは

退職することになったのは、仕事と家庭の両立に敗北したからです。
双極症を19歳で患った私は、25年目にして、体と心が完全に崩壊してしまいました。
家庭の崩壊としては、料理や洗濯などの家事に手を抜いたり外部サービスを頼ったりすることを器用にできず、一人で抱え込んでキャパオーバーになりました。
子育てでは、長男と三男が発達障害で、仕事中何度も連絡やお呼び出しがあり、これもまた見捨てられずに自分が受け負ってキャパオーバーになりました。
そうして仕事に集中できなくなり、とうとう有給が底をつき、自分や家族が熱を出しても休めないことになりました。
追い詰められた極限状態が事切れてしまったのは、今年の冬の1月末のことでした。
冬季鬱は毎年のことなので、そうならないよう覚悟しており、日々の生活を丁寧に送ることを心がけていましたが、極限状態で2学期を乗り切っていた私には、既にそんな容量はなかったのでした。
ぷつりと切れたように、仕事には行けなくなりました。一日だけ、無理やり体を動かして、職場まで行こうとした日がありました。ところが、通勤の運転中にパニックになり、過呼吸を起こして職場の途中のスーパーの駐車場で一呼吸させることになりました。どうにかこうにか職場まで辿り着いたものの、車から降りようとすると吐き気を催し、結局仕事はできずに帰宅することになってしまいました。

このようにして、私は1月末から仕事へ行けなくなり、約2ヶ月間、今後の自分の人生について考え、旦那さんと相談し、子どもたちにも自分の現状を伝え、悩みに悩み、考えに考えた末、年度末にて退職することを決めました。

退職を決意して

退職することを決意して、一番に考えたのは、やはりお金のことです。
私には3人の息子がいます。4月から、小2、中2、高1です。
旦那さんの稼ぎに頼ってやりくりしていくことを
旦那さんに許し、認めてもらいました。
保険や無駄なサブスク、携帯電話などの見直しをして、節約できるところは早い段階で手を打ちました。
子どもの学資保険などには加入しているので、高校入学の資金などに不自由することはなく、今後の生活で切り詰めるところを考えるようにしました。
自分たちの老後の資金としては、保険や積み立て、投資を見直すこと、私の容量によってはパートなどで稼ぐことも視野に入れ、追々実行することにしました。

次に考えたのは、私自身の病気のことです。
本当はこれが第一に考えたことかもしれません。
私は退職を決意する前に、3度も休職をしています。いずれも抑うつ症状の悪化です。夏にはリチウム中毒を起こして入院もしています。
休職して、復職してでもしがみつきたかった公務員でしたが、3度も休職復職を繰り返しているようでは、次安定して復職できるという自信は、もうありませんでした。
双極症は、うつ状態に入ると自殺念慮が出ます。私もその一人です。自死行為を何度も行い、休職していても、職場にかけている迷惑は当然のこと、家族にも大きな心配と迷惑をかけていました。入院したことも大きなトラウマとなり、迷惑をかける云々も進退の決め手となったけれども、旦那さんの言葉を借りると「健康あっての仕事、命あってのお金」とのこと
自死行為をしながらお金を稼ぐより、健康に自分のできることをできる範囲でしながら生きる方が、ずっと建設的だと、旦那さんはそう言ってくれました。

このように、退職するにあたっては、経済面、体調面の2つを徹底的に考えて、結論を出しました。

退職する理由と、退職する目的を明確にすること

退職する時に一番気がかりなのは、後悔しないか、ということです。
正直、後悔はします。
20年も勤めてきました。教員採用試験に受かり、子どもの頃からの夢だった仕事に勤しんできたのです。辞めたくて辞めるわけではないのです。後悔しないわけがありません。
でも、辞めたくないから辞めないでいられるほど、私の体も心もそんな容量はなかったわけです。
だから、退職した理由と目的を明確に持っておかなければ、後悔がどんどん膨らみ、まだまだ続く私の人生を続けられないと思いました。

私の退職した理由は、このまま教師の仕事を続けることは、自分の体と心を健康にしないと思ったからです。
朝は子どもが通学するより早く出勤し、身も心もヘトヘトになって帰宅してからも、怒涛の家事に追われ、その上発達障害の息子たちの学校からは、連日教室を飛び出すだの、遅刻したまま欠席してましただの、躾の行き届いていない困ったことをぶつけられます。自分の体調に気を配る余裕など1ミリたりともありません。旦那さんにも辛く当たることばかりで、家庭はほとんど崩壊していました。
なんのためにここまでの自己犠牲を払っているのかわかりません。
健康あってこその仕事です。
自分にとっても、家族にとっても、私が自分のやりたい仕事を続けていくことは、幸せな未来には繋がらないとの答えを出しました。

だから私が退職した目的は、健康を取り戻すこと。体も心も健康になって、自分のことも家族のことも大切に思い、家事に追われるのではなく、自分も家族も大切だから家事をする、という、自分たちファーストのペースで生きることです。
自分たちファーストで生きながらでも働ける先を見つけること
それが私が退職した目的です。
具体的には、3年後に、健康体な自分で、何かしらの仕事をしていることが目標です。
アルバイトでも、パートでもよいのです。
自分と家族の健康第一。
体と心が健康ならば、働くこともきっとできます。

選んだ道が最良だと信じることが大事

理由や目的を明確にしても、自分が今まで頼ってきたキャリアも軸も、これまでの自分自身さえも失ってしまったのです。不安の波が押し寄せて来ない日はありません。
でももう、後戻りなどできません。自分でこれを選んだ以上、この道が最良なのだと信じることこそが、これから先の人生を進んでいくために一番大切なことです。後ろを向きたくなるし、この先の未来が描けなくなるけれど、人生が尽きるまで、私は生きていかなければなりません。
死んではいけないのです。生き抜くために、生きるのです。
そう考えたら、後ろを振り返って良いことは一つもありません。良い思い出ができたと振り返られる日までは、前だけを見て、健康に働く自分の姿だけを信じて、私は今日を、明日を、生きていきます。


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最後まで読んでくださり、ありがとうございました✨
次回は「退職してからの生活」について書きたいと思っています。気まぐれに投稿し、読むのも遅く気まぐれな私ですが、次回も読んでくださると嬉しいです☺️

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坂縞理子 毎日思ったことを書き連ね、心の整理をしています。読んでくださるだけで、励みなっています✨感謝の気持ちを込めて🌹ありがとうございます✨