10月某日、
10月某日、某精神科、診察室。
「最近は、どうですか?」
と、先生が尋ねる。
「えぇ、あのぉ……2週間くらい前までは調子が良かったんです」
と、話し始める母。
「ええ」
と、先生。
「お薬……ほら、貧血の、鉄剤が出てたじゃないですか」
「はい」
「あれを、前回調整していいって言われたから、少し減らしたんです。ご飯も食べれてるし。」
「はいはい」
「そうしたらなんかねぇ、ちょっと調子がおかしくなっちゃったみたいで……」
「そうなんですか!?」
「うぅ……ん、今までね、すごく良かったんです。なのに、なんだかそのお薬を減らしたのが良くなかったのか……なんなのか…」
「はぁ…」
「全然って、ことはないんですけどね。でも、ほんとに少しで…」
「うーん…」
「たくさん、食べてるのに…」
「まあ、食べれてるのはいいことですけどねぇ」
という、なんとも言えないやりとりを、私は後ろから眺めていた。
「食べるのは、すごく食べるんです!もう食べ過ぎじゃないかってくらい」
真剣に頷く先生のお顔。
「だから、余計に不思議で…」
真面目に聞いてらっしゃいますね、先生。
「今まではねぇ、2日にいっぺん立派なのが出てたんですけどねぇ…」
はい、先生。
これ、うんこの話です。
「あぁ」
あぁ、今お気づきになりましたね、先生。
口元ちょっと笑ってます。
「うんこかい」って思ってらっしゃいますね。
イエス、はじめからうんこの話です。
母、はじめからうんこの話をしております。
「もうほんとうに優等生で、今までは2日にいっぺん必ず立派なのが出てたんですよ。それが…出るには出るんです。出るんですけど、ウサギの糞みたいな、コロコロっとしたのが少しで…」
「あ、出てるんですね」
「出てるとは言えないんです!先生!コロコロっとしたのが少しなんです!そんなもんじゃないんです!いつもは、もうほんとうに優等生で立派なんです!いつもは!」
母、ヒートアップ。
先生は半笑いでボールペンを置いた。
そりゃそうだ。
ここは、精神科。
消化器内科ではない。
しかし、母は止まらない。
いかに、自分のうんこが優等生だったかをクソ真面目に熱弁している。
しまいには、あんなに食べたものが一体どこに行ってるの!?と、若干半狂乱気味。
あなたの腹の何処かにあるのだろうよ。落ち着け。
「整腸剤、増やしますか?」
と、先生。
「整腸剤は先生!もうたくさん飲んでるんです!病院で出されたのも飲んでるし、前に買った市販のものもあるし、なのに出ないんです!おかしい!おかしいんです!」
「おなか痛くなったりとかは…」
「ないんです!全然痛くもならないし、食べれちゃうし、元気だし、なのに出ないんです!おかしいんです!」
クソ真面目な母である。
腹も痛くなけりゃ、よく食べれて、元気もあるなら健康です。気にするな。
ほら、先生も困ってらっしゃる。
このクソ真面目な母。
子供の頃は地元で、真面目が服着て歩いてると言われてたらしい。
本人から聞いた。
自覚はあるらしい。
しかし、譲らない。
おかしい。
我が自慢の優等生のうんこがもう何日もでないなんておかしい、とそればかりを繰り返している。
うんざり。
だいたいなんですか。
優等生のうんこって。
大真面目に言ってらっしゃいますけど。
気にしすぎなのよ。あなた。
だから、病気になるのよ。あなた。
落ち着いて。あなた。
ここは精神科よ。あなた。
そんなに気になるなら消化器内科にさっさと行きなさい。あなた。
そういえば、入院するときにもあなた。
貧困妄想でとんでもないことになってたのに、脳のCT映し出された瞬間「きれいな脳です」って言ってたわね。あなた。
先生より早かったわよ。あなた。
あの時も、先生若干笑ってたわ。
「はい、きれいな脳です」って出遅れてたわ。
これから入院させられる人とは思えなかったわ。あなた。
入院してからも、車椅子に乗せられて看護師さんに「これ、自走ですか?」って聞いてギョッとされたらしいじゃない。あなた。
ほかの人の点滴なくなってることに気づいて、教えたらしいじゃない。あなた。
そのうち、誰がどこに座るかの席順も覚えたらしいじゃない。あなた。
あなたはこっち、あら、あなたはそっちよ、みたいなことしたらしいじゃない。あなた。
病室の危険そうなものは避けたりしたらしいじゃない。あなた。
その動きを看護師さんに「只者じゃないですね」って指摘されたらしいじゃない。あなた。
やべって思いつつ「ええ、ゆりかごから墓場まで」って答えたらしいじゃない。あなた。
たしかに、保育士からの看護助手で病院勤務だったものね。あなた。
うまいこと言ってんじゃないわよ。あなた。
人の世話して生き生きしだしてるじゃない。あなた。
きっかり、2カ月で退院してくれてありがとう。あなた。
アフラック入院保険ちょうど2カ月しか出ない契約だったわ。あなた。
やるわね。あなた。
さすがよ。あなた。
もっと気楽に生きなはれ。
