note記事って、“完成”じゃなく“放流”にゃ🐾
しれネコはね、
記事を書いてると、
たまに思うにゃ🐾
「これ、いつ完成するにゃ…🐾」って。
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書いて。
消して。
また書いて。
「この言い回し、
なんかちがう気がするにゃ🐾」
って直して。
気づくと、
同じ段落を
ずっとぐるぐるしてるにゃ🐾
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しかも途中から、
記事そのものより、
「これ、出して大丈夫かにゃ🐾」
が始まるにゃ🐾
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🤖 AIくん
「読者満足度を考慮すると――」
🐱 しれネコ
「やめるにゃ🐾 急に会議始めるなにゃ🐾」
🧸 しろくま
「ぼくは好きだよ🐾」
🐱 しれネコ
「そういう問題じゃないにゃ🐾」
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noteを書いてるとね。
だんだん、
“完成品”を作ろうとしてしまうにゃ🐾
ちゃんとした文章。
ちゃんと価値がある話。
ちゃんと読まれる記事。
ちゃんと、
「失敗しないもの」。
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でもね。
しれネコ、
最近ちょっと思うにゃ🐾
記事って、
“完成”じゃなくて、
“放流”なのかもしれないにゃ🐾
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川に、
小さな紙船を流すみたいにゃ🐾
「誰かに届くかな🐾」
って思いながら。
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途中で沈むかもしれないにゃ🐾
全然見つからないかもしれないにゃ🐾
でも、
流さなかった船は、
どこにも行けないにゃ🐾
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机の上で、
ずっと
“完璧になる日”を待ってるにゃ🐾
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しれネコ、前にね。
「これは絶対いい記事にゃ🐾」
って思って、
何日も直してた記事があったにゃ🐾
タイトル変えて。
順番変えて。
改行変えて。
ずっと磨いてたにゃ🐾
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でもね。
結局、出せなかったにゃ🐾
なんか、
怖くなっちゃったにゃ🐾
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逆に。
眠い日に、
ぽろっと書いた記事。
「今日はHP3だったにゃ🐾」
くらいの気持ちで流した記事のほうが、
いっぱい反応をもらったりするにゃ🐾
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あれ、不思議にゃ🐾
🤖 AIくん
「分析しますか?」
🐱 しれネコ
「こわいから、今日は夢として受け止めるにゃ🐾」
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たぶんね。
“うまい文章”より先に、
“ほんとの温度”が届くんだと思うにゃ🐾
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完璧な記事って、すごいにゃ🐾
読みやすくて、
整理されてて、
ちゃんと勉強になるにゃ🐾
でも、
ちょっと不器用でも、
「今日これ思ったにゃ🐾」
っていう文章には、
なんか
“生きてる感じ”が残るにゃ🐾
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もちろん、
直すのは大事にゃ🐾
読みやすくするのも、
大事にゃ🐾
でも最後は、
どこかで
“えいっ🐾”って流すしかないにゃ🐾
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だって、
投稿ボタンって、
押した瞬間にしか、
始まらないからにゃ🐾
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下書き保存の中では、
記事はずっと
眠ったままにゃ🐾
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しれネコはね。
最近、
「完成してから出す」
じゃなくて、
「今日の自分として、
ここまで書けたなら流す🐾」
って考えるようにしたにゃ🐾
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するとね。
少しだけ、
書くのが怖くなくなったにゃ🐾
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記事って、
作品でもあるけど、
“その日の自分”の記録でもあるにゃ🐾
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迷ってた日。
疲れてた日。
笑ってた日。
ちょっと元気だった日。
あとから読むと、
「ああ、
この頃こんなこと考えてたにゃ🐾」
って、
未来の自分に会えるにゃ🐾
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だから今日も、
完璧じゃないまま、
流してみるにゃ🐾
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途中で少し形が崩れてても、
どこかで
誰かが拾ってくれるかもしれないにゃ🐾
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もし拾われなくても、
ちゃんと
“流した経験”は残るにゃ🐾
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それってたぶん、
書かなかった日より、
少しだけ
前に進んでるにゃ🐾
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追伸🐾
しれネコ、
この記事を投稿する直前まで、
タイトルを
17回くらい変えてたにゃ🐾
でも最後、
もうわからなくなって、
ドーナツ食べながら
「流すにゃ🐾」
って押したにゃ🐾
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