禁断のヴォカリーズ ~妖艶なるチェロの調べ~ 第2話
指先が隆志の胸に触れる。
「‥あなた……」
声が震える。
今日の黒田の言葉が耳に残る。
会議室での視線。
肩に置かれた手。
耐え続けたストレスが、体を熱くさせる。
隆志に、この疼きを優しく受け止めて欲しい。
隆志は目を覚まし、凜の手をそっと払った。
「ごめん、明日大事な会議があるんだ」
穏やかに拒絶された。
すぐに寝息が響く。
凜は自分のベッドに戻り、シーツに体を沈めた。
身体が熱い。
夫の無関心が、逆に火を点けたように、下腹部が疼き続ける。
十年以上の空白が、メラメラと膨張する。
――もう、いい。
‥‥‥今夜も、自分で慰める。
凜は息を殺し、シーツの下でそっと太ももを擦り合わせた。
すでに秘部は熱く濡れ、ショーツの布地が湿り気を吸っていた。
目を閉じ、指先をそっと陰唇に這わせる。
「……んっ」
吐息が漏れ、慌てて唇を噛む。
隣で隆志の寝息が続く。
その音が、遠く感じられる。
もう、何も考えたくない。
黒田のことも、
隆志のことも。
今は、この熱だけを感じていたい。
指がクリトリスに触れ、優しく円を描く。
甘い電流が全身を駆け巡る。
もう片方の手が胸に伸びる。
乳房を握り、硬くなった乳首を摘む。
指が膣口をまさぐり、ゆっくりと中へ滑り込む。
熱く濡れた内壁が指を締めつける。
愛液が溢れ出す。
「はあ……あ……」
吐息が乱れる。
頭の中が白くなる。
黒田の嘲笑も、隆志の背中も、意識から遠のいていく。
甘い快感が体を包む。
指の動きを速める。
クリトリスを優しく、強く、繰り返しこする。
身体が震え、太ももが痙攣する。
腰がくねり、乳房が揺れる。
――もっと。もっと深く感じたい。
愛液が音を立てる。
シーツを濡らす。
頭の中は真っ白になる。
すべてを忘れたい。
仕事のストレス。
夫の無関心。
孤独な夜。
すべてが、この熱い快感に飲み込まれていく。
体が浮遊するような感覚。
息が荒くなり、唇から熱い吐息が漏れる。
身体が震え、背中が反る。
「あ……あっ……!」
声が漏れる。
膣が震える。
「あぁっ……!」
嗚咽を漏らし、凜は頂点に達した。
膣が指を強く締めつける。
愛液が洪水のように溢れ出す。
身体がびくびくと震え、余韻が全身を駆け巡る。
頭の中は、甘美な酔いに沈んでいる。
息を荒げ、ようやく指を引き抜く。
身体が重い。
部屋には隆志の寝息だけが、遠くに聞こえる。
凜の身体は軽くなり、心の奥の渇きが、少しだけ和らいだ。
身体は少しだけ軽くなったのに、心の奥の渇きは消えない。
凜はそっと寝室を出て、自室に入った。
チェロをケースから取り出した。
こんな気分の時は、いつもモーツァルトのレクイエムを演奏する。
まず「Dies Irae」
――怒りの日。
ニ短調の激しいリズムが、チェロの低い弦から爆発的に響き始める。
黒田部長の嘲笑、
業績を盾にした嫌味、
汚い指の感触
――それらが、怒りの炎となって弓に宿る。
ヴィブラートを強くかけ、音を震わせる。
凜の胸の奥で溜まった屈辱が爆発する。
やがて、激しさが収まり、「Lacrimosa」
――涙の日へ移る。
同じニ短調だが、優しく、切ない。
――涙が落ちるような、あの下降音形が、そっと空気を震わせた。
本来は合唱が重なるはずの旋律を、凜ひとりで背負う。
声の代わりに、チェロで祈る。
誰にも届かないはずの祈りを、ただ自分の胸の奥へ向けて。
弓を引くたび、
音は細く、脆く、確かに“生きて”いる。
まるで、胸の奥に沈んでいた痛みが、少しずつ形を持って浮かび上がってくるように。
凜の弓はゆっくりと、ためらいがちに動く。
上昇するメロディが、涙のように零れ落ち、下降するフレーズで溜息のように溶ける。
隆志の冷めた背中、十年以上の空白、触れられない孤独
――それらが、涙となって音に滲む。
ヴィブラートを深く、遅めにかける指は、嗚咽を抑えるように震える。
チェロのA線が優しく共鳴する。
胸の奥でふわっと広がるような温かさと切なさが、同時に生まれる。
凜の瞼が閉じられ、長い睫毛が微かに震える。
唇から熱い吐息が漏れる。
「はあ……」
音が涙のように優しく流れ、部屋を満たす。
これは凜の祈りだ。
隆志に気づいてほしい、抱きしめてほしいという、切実な祈り。
曲が終わり、静寂が訪れる。
凜はチェロを胸に抱いたまま、そっと涙を零した。
レクイエムの荘厳な哀しみが、彼女の孤独を優しく包み込む。
ほんの一時だけ、癒してくれた。
だが、心の奥の渇きは、まだ消えない。
凜はチェロをケースに戻した。
寝室に戻り、隆志の隣のベッドに横たわった。
明日も、耐え続けるしかない。
