自分で選んでいるつもりで、流されていませんか?
あ、これ、昔のわたしのことです😇
自分では、ちゃんと選んでるつもりでした。
でも、ぜんぜん決めてなかった。
……当時は、流されてることに、気づいてすらいなかったんです。
めっちゃ、流されてた
思い返せば、本当に色々なことや人に流されて生きてきたなーと思います。
まわりがみんな車を持っていたから、わたしも欲しくなって、いらないオプションまでつけて😩
いいなと思ったら、すぐ買っちゃう。
暇さえあれば、ウィンドウショッピング。
ぜんぶ「まわりに合わせてた」だけなんですよね。
あとから「あれ?」ってなる。
人の思惑に、いつの間にか乗ってる。気づけないんです。
選んでいるつもりで、自分で決めていなかったんです。
「なんのために生まれてきたのか」
たしか25歳くらいのとき、自分の言葉でまっすぐ語れる人と二人で話す機会がありました。
話題ははっきり覚えていませんが、いつの間にかわたし自身の話に。
ひとつのことを、なぜ?
それはなぜ?
じゃあ、これはなぜ?
って、どんどん深掘りが始まっていきました。
その時は、ただただ話をよく聞いて、質問されたことに対して、こう思うということを答えるだけ。
最終的に「"なんのために生まれてきたのか?" とかねっ」
というようなことを言われたんです。
言葉が出なくなった瞬間でした。
でも、その問いだけは、何年経ってもふとした瞬間に自分の問いとして出てくる。
そして、今でもずっと残っているんです。
やったのは、自分に問いかけること
当時のわたしには、“自分の考え”で話せるようなことなんてなかったので、すぐに答えが出たわけじゃありません。
それでも目を背けずに考え、自分に問いかけ続けて、いつの間にか数年が経っていました。
心に引っかかってることを、ひとつ、紙に書く。
それに対して「これって、なんで?」って聞く。
出てきた答えに、また「じゃあ、それはなんで?」って聞く。
それだけ。
会話の中で、自然と受け取ったこのやり方を、自分にも向けてみたんです。
そうやって、普段考えることがないところまで突き詰めていったら──
見えてきた、わたしの幸せ
そうして、自分にとっての幸せの“原型”みたいなものが、やっと見えてきました。
好きな人と、好きな場所で、好きなことをして、
美味しいご飯を食べたりしながら笑って生きていきたい。
そんな、シンプルな願いでした。
これがわかってから、迷わなくなりました。
何かを選ぶとき、「これ、わたしの幸せに近づく?」って、自分に聞けるようになったんですよね。
判断の基準が、やっと自分の中にできたんです😌
この幸せの形も、きっとまだ、変わっていくと思う。
それでいいと、思っています。
─────
「また流された」って、自分を責めなくて大丈夫。
わたしなんて、何年もかかったから。
もし、心に引っかかってることがあったら、ひとつ書いてみてください。
そして「これって、なんで?」って、自分に聞いてみる。
それだけで、ちょっとずつ、自分の輪郭が見えてきます。
─────
「自分で決めて生きる」って、どういうことなのか。
そんな話も書いています。
このnoteが、あなたが自分の声を聞くきっかけになりますように。
何か気づきがあったら、スキで教えてもらえると嬉しいです。
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