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「またね」が最後にならないように

引き出しの奥に、
ずっとしまいっぱなしの手紙がある。
便箋は少し黄ばんで、
封筒の糊もはがれてしまっている。

もし、あのとき返事をしていたら——。

十年以上たった今も、
ときどき心の奥がわずかにざわつく。


学生時代、文通をしていた人がいた。
丁寧な文字で綴られた言葉にうれしくなって、
返事を書こうとした。
時間をとって書こうと引き出しにしまい、
気づけば季節が変わってしまった。

返事は出せないままになった。

あのとき手紙を返していたら、
あの人とまた会えたんだろうか。
どうにもならないとわかっていても、
そんな「もしも」をいまだに想像してしまう。


私は昔から、
「たられば」の世界に心を奪われてきた。
あのとき、違うことを言っていたら。
もう一歩を踏み出せていたら。
そうやって、考えるのをやめられない。

だから私は、分岐する物語に強く惹かれる。
たった一つの選択が、登場人物の運命を
変えていく小説、映画、ゲーム……。
自分の選択で結末が変わる作品に出会うと、
何時間でも、何日でも没頭してしまう。

もしも、あのとき違う道を選んでいたら——。

その先が気になって、
物語の中で私は何度も選び直す。
選んで、間違えて、後悔して、
それでもまた選び直す。


ある作品に、「手紙の返事をするか、しないか」を選ぶ場面があった。
返したら、思いがけず大切な人と再会できるが、
返さなければ、その縁が永遠に途切れてしまう。
その場面に、私はかつての自分を見た。


物語は、私に何度でもやり直す機会をくれる。
現実では届かなかった思い、言えなかった言葉を
登場人物たちと一緒に追体験しながら、
少しずつ、「大切だったもの」に気づいていく。

そして、ふとした瞬間に自分へ問いかける。
私は大切なものに気づけているだろうか、と。


そんな私のことを
「空想に逃げているだけじゃないの?」
と言う人もいた。

たしかに、そう見えるかもしれない。
でも私は、この空想の世界から
よりよく生きるヒントをいくつも学べた。


分岐する物語には、バッドエンドがある。
誰かを失い、何かを壊し、取り返しのつかない
後悔が残る世界。

きっと私は、その痛みにも惹かれている。
失うつらさを疑似体験することで、現実の選択を
少しでも後悔のないものにしたいのだと思う。


大学時代に出会った、忘れられない後輩がいる。
明るくて人懐っこく、場の空気を和ませてくれる
サークルのムードメーカー。
「金欠なんです」と笑いながら、学食の安い定食を
よく食べていた。

最後に会ったのは、夏の始まりの
まだ風が少し涼しい夕方だった。

「先輩、しし座でしたよね。これ、あげます」
そう言って、彼はキーホルダーをくれた。
どこで買ったかわからない、しし座のプレート。

「僕もしし座なんですよ。お揃いですね」
そう言って、笑った。
いつもの、あの屈託ない笑顔で。

そのうち何かお返しをしようと思っていた。
でも、それは叶わなかった。

彼は突然サークルに来なくなり、
音沙汰がなくなった。
卒業してまもなく、人づてに訃報を聞いた。
あの夏、彼は家族とともにこの世を去っていた。

信じられなかった。
あのとき、もっと話していれば。
あの笑顔の裏に、何かが隠れていると
気づけていたら。
そんな「もしも」が頭から離れなかった。


結末を変えることはできなかったかもしれない。
それでも、引き出しの奥にしまった
あのキーホルダーを見るたびに、私は思う。
高価なものでもない。
けれど、今もどうしても捨てられずにいる。


人は、失ってからでないと
気づけないことがある。
私にも、そうした後悔がいくつもある。
そしてその痛みは、時間が経てば
少しずつ薄れていく。

けれど物語は、何度でも私に
その痛みを思い出させてくれる。
そして、私に問いかけてくる。

「大切にしたいものを見失っていないか」と。

そのおかげで、私の言動は
少しずつ変わっていった。


たとえば、夫が出かけるとき。
どんなに眠くても玄関まで見送って、
「いってらっしゃい」と声をかける。

たとえば、友人と会うとき。
「楽しみにしてた」と最初に伝えるし、別れ際には
「今日は会えてよかった」と言葉を添える。

昔の私は、言葉にすることが恥ずかしくて
伝えられなかった。
でも今は、伝えなければ後悔するかもしれない
ことを知っている。

物語の中で、私は何度も見てきたから。
「いってらっしゃい」を言えなかった日、
「またね」が最後になってしまった後悔を。

私は、彼らの後悔を知っている。
だからこそ、同じ後悔を現実で繰り返したくないと思うようになった。


もうひとつ、変わったことがある。
私は、変化を恐れなくなった。
変わろうとしない登場人物が破滅していく
物語を、何度も見てきたから。

だから今の私は、気になることがあれば
とりあえずやってみる。
思いついたまま人に連絡してみたり、
知らない街へふらりと出かけてみたり。

それができるようになったのは、
「もしも」の世界を何度も旅してきたおかげだ。


空想の世界は、たしかに逃げ場所になる。
けれど、それだけじゃない。
現実だけでは到底経験しきれないだけの
後悔と選択が、そこには詰まっている。
そして、何度でも選び直すチャンスをくれる。


現実の人生は、やり直しがきかない。
だから私は、「もしも」の世界で繰り返す。
選んで、間違えて、失って、
それでもまた選び直す。
そうやって、自分が「何を後悔したくないか」
を探している。


「こんな後悔、現実では絶対にしたくない」
その想いが、少しずつ私の言動を変えていった。

たとえば、「いってらっしゃい」を言うこと。
たとえば、「会えてよかった」と伝えること。

昔の私ならきっとやり過ごしていたことを、
今の私はひとつずつ丁寧に選ぶようになった。
物語の中で選び続けた「もしも」の先を、
私は現実でこうして選び取っている。

まだ見ぬ「もしも」は、きっと今日も
どこかで私を待っている。
だから私は、物語の中を旅し続ける。
いくつもの可能性を探って、
「今、大切にしたいもの」に気づくために。

──たった一度きりの現実を、悔いなく生きるために。


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