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たった1つの冴えた真実

寒くなってきて、必然的にコーヒーを飲む量が増えてきました。夏の時期と比べると、プラス1杯くらいのイメージです。飲みすぎてしまうと夜に眠れなくなってしまうので、気をつけないといけません。昨日もいつもより夜更かししてしまって、日中はものすごく眠かったです。昼食後に10分くらい仮眠を取ったら、ものすごく元気が出ました。気をつけなければ。

いつもは喫茶店にいうとブレンドコーヒーを頼むのですけれど、この前は奮発して、ちょっと
良いモカを頼みました。ハンド・ドリップで入れてくれます。時間がかかって、量も少ないのですけれど、その品種の味わいを感じられて、とても美味しかったです。自分で入れるとこんなに味わい深くならないのが悩みでした。確かに味はするんだけれど、薄く感じます。

なんで喫茶店のコーヒーは量が少ないのだろうと不思議に思いましたけれど、もしかしたら、
量の少なさが問題なのではないかと気づきました。たくさん入れれば薄くなるのは当然です。でも、たくさん飲みたいからたくさんお湯を注いでしまい、結果として、味が薄くなるということなのでしょう。コーヒーの本を読んでみたら、確かに水の量が多かったです。

 コーヒーの泡でもこれと同じように成分の選択的な吸着が起きていると考えられます。界面活性や疎水性の高いコーヒーメラノイジン、VCOなどのフェノール化合物が濃縮されるほか、泡を顕微鏡で観察すると微粉や油滴などが集まっていることがわかります。つまり苦渋味を生み出す成分や舌触りを損ねる微粉なども泡層に吸着されるわけです。試しにドリップで淹れるときに浮かんでくる泡を嘗めてみると一目(?)瞭然、泡のまずさが実感できると思います。

旦部 幸博 『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』、講談社、2016

コーヒー豆を測る計量カップがあって、いつもはそれをすりきり一杯分入れます。12gくらいになるはずです。それだと薄く感じるわけですから、プラス数g分の豆を追加して、コーヒーを入れました。いつもよりたくさんの回数ミルを回転させないのいけないので大変です。苦労するたびに自動機が欲しいなといつも思いますけれど、手間も良いものかと自分を納得させています。

結果として、量を多くしたら、味が濃くなって、喫茶店のコーヒーみたいな味わいを感じられました。美味しいコーヒーを飲みたければ、豆の量を増やせ。至極当然の真実に気づきました。なんて当たり前のことなのでしょうか。

気づけなかったのは、豆をすりきり一杯がちょうど良いという感覚、これ以上増やすと手間が面倒臭い、そして、たくさん飲みたいというバイアスがあったからです。私は囚われていたのです。美味しいものを口にするには贅沢をしなければなりません。たったの数gですけれど、確かに後味の余韻が全然違います。

市販で売っているドリップ・コーヒーと比較すると粉の量を約2倍くらいに増やしています。市販品は粒が小さいので、量が少なくても濃く抽出できます。けれど、粉のまま長期間保存されているので、酸化しており、その苦味や鉄っぽさが苦手です。豆から挽く場合はもう少し粒が荒いけれど、その分量を多くすることで苦味を感じづらくなります。そう言った物理的なトレードオフを調整して好みを探るのが楽しかったりします。

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