【第九章】 私は人魚 連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』
華恋の言葉に、その場の空気が凍り付いた。
華「私・・・皆さんと一緒に居てはいけない存在なんです。」
沈黙。
華恋はうつむいたまま続けた。
華「思い出したんです。・・・私、人魚なんです。」
大「それで?」
華「ですから、私は・・・人ではなく・・・」
大「だから何やねん?」
華「私がいたら迷惑をかけてしまいます。」
大「具体的にどんな?・・・例えば君の身柄を返してもらいたい!っていう人魚の一族が現れたとして、拒んだら俺は海に引きずり込まれて殺されるとか?」
留「出た、偏った想像力!」
華「人と違う生き物と一緒にいるなんて、嫌じゃないんでしょうか?」
大「えっ?それって、何か問題ある?」
留「私は別に、何の問題もありません。」
大「つまりそういう事なんよ!多分、沙耶さんに教えた所で、えっ?そうだったんですか?神秘的でいいじゃないですか?すぐにいなくなったりしないですよね?」程度の事しか返ってこないと思うよ。
華「えっ、そうなんですか?」
大「まだ出会って1ヶ月半程度だけどさ、俺たちもう仲間やん?」
留「うん、出会った時の話は店長から聞いていたし、まあ普通のシチュエーションじゃないかも?って話にもなっていたから、今更人魚だったとしても驚かないよ。」
華「じゃあ私・・・。」
大「ああ、急いで故郷に帰るとか、そんな理由がないのであれば、もうしばらくこっちの世界でゆっくりしていけばいい。」
華「私はてっきり、拒絶されるものだと思っていました。」
留「華恋ちゃんみたいないい子を、そんな理由で拒絶するとかありえないよ。」
大「まあ、うちはその程度の話じゃ誰も動じないから心配するな。でも念のためにアキラと美里にはまだ教えない方がいいだろうな。」
留「美里はどうして?」
大「あいつはようやく、自分の進路の方向性が定まってきたところやろ?コロナで入学直後はまともに学校へ行けてなかったけど、今ようやく本格的に演劇科の授業も始まって、夏休みも個人的にダンスのレッスンとか頑張ってるじゃないか。今は余計な情報を入れない方がいいんだよ。」
華「はい、美里さんには私からその話はしないように気をつけます。因みにアキラさんにはなぜ言ってはいけないんですか?」
大「うん、そこに話すと結局、遅かれ早かれ美里の耳に入る流れやからな。あいつは絶対に誰にも言うな!って伝えたら、一応守ろうとはしてくれるんやけれど、同じくらい誰も知らない情報を、誰かと共有したい願望が強いから。もう少し奴の心が強くなってから考えよう。」
華恋は記憶が蘇った瞬間、拒絶される覚悟していた。
気味悪がられるかもしれない。
追い出されるかもしれない。
少なくとも今までと同じようには接してもらえないかもしれない。
そう思っていたらしいので、今はホッとした表情に変わった。
大「俺はあの時の鱗のようなものが、ずっと引っかかっていてな、正体を聞いて妙に納得しとる。むしろ宇宙人とかさ、ある時本能が蘇って腹が減ったからって俺、食べられたらどうしよう?あいつ(先代)の夢、達成できねぇな?でもまあ華恋ちゃんに食べられるんだったらいっかぁ〜。なんて思っていたんだよ実は。」
華 「そんな、店長を食べるだなんて!」
大 「もしもそうなった時はよ、考える暇もないくらい素早く、一撃で俺の命を仕留めてくれよ?生きたまま食べるとか、そういう趣味の悪いのだけはやめてくれ!」
華 「ひゃぁぁぁ〜。なんて恐ろしい事をおっしゃるんですか!」
大 「ハハハ、無駄無駄想像力。」
華 「はい・・・。」
大 「因みに記憶が戻った瞬間、海へ帰りたいとは思わんかったんか?」
華恋は答えられなかった。
帰りたい。
そう思わない訳ではなかった。
だが・・・。
華 「分からないんです。」
大 「何が?」
華 「帰り方が。」
留 「帰り方?」
華 「実はあの日、私はホホジロザメに追われていました。」
大 「なるほどな。それならあの状況も合点がいくわ。でもホホジロザメが遠浅の若狭湾に入れるもんなんか?どこまで追われたんや?入るとしたら早瀬から久々子湖に入ったんやろ?」
華 「私の通ったルートが判るんですか?」
大「だって日向湖から水月湖に抜ける隧道は封鎖されとるし、もしも華恋が日向湖に逃げ込んでいたなら生きていない可能性が高い。生け簀の魚もメチャクチャになったやろうしな。そうなると、早瀬からであれば一気に浅くなるから大型のホホジロザメは侵入不可で諦めざるを得なくなるって寸法やな。」
華「その通りです。ただ、あの日は大雨に加えて大潮の満潮時だったので、入って来られる可能性はあったんです。」
大「それで浦見川も抜けて水月湖に入ったんか?その時にケガをしたんやろ?」
華「はい。」
大「あそこの川底は石ころまみれやからな。でも、問題はそこからや。あの大雨と風で、よく水月湖を泳げたな?」
華「ええ、気づいた時には手遅れでした。あんなに呼吸困難でパニックになったのは生まれて初めてでした。」
大「普段は静かな湖面やねんけど、台風とか大雨の時は波が発生するやろ。そうすると水深5m以下に蓄積されている硫化水素が水面近くまで上がってきて混ざるんよ。だから大雨で風の強い日は、あの湖から生き物が消えるって言われてるよな。」
華「店長、泳いだ事あるんですか?」
大「そういう訳ではないけど、三方五湖の隠れた常識や。それで命からがら三方湖に逃れた瞬間、今度は淡水でウロコの浸透圧が変わりパニックに陥った。・・・違うか?」
華「すごい!その通りです。名探偵コナンみたいです!」
大「沙耶さんの影響か?そこはシャーロック・ホームズみたいや!とはならんのか?」
留「華恋ちゃん、うちでネトフリやアマプラで、アニメ見まくって勉強中だから。」
華「そうなんです。因みに、淡水はダメって訳ではないのですが、やはり慣れが必要なので、いきなり入るとウロコのダメージは避けられません。それで死に物狂いで上陸して人化した流れです。」
大「これで第一弾の謎が解けたな!それにしても最近は日本海も油断できんな。イルカは現れるし、ホホジロザメまで回遊しとるとか。ダイオウイカが頻繁に目撃されるようになってからおかしいよな。」
華「あの大きなイカも苦手です。いつも沖の方ではクジラさんやウバザメさんに助けてもらっていました。あの大雨の日もウバザメさんだと思ったら、動き方がいつもと違っていて、いなくなったと思って泳いでいたら、しばらくして海底の方から急上昇してくる影が見えて、ホホジロザメって確信しました。」
大「こ、怖〜っ!想像しただけでゾワッとしたわ。しかしよかった。華恋ちゃんがエアーシャークの餌食にならなくて。」
華「お陰様で、ホホジロザメ恐怖症です。」
大「ホホジロザメは誰でも怖いよ。あれは海域によっても性格が違うとか言われていて、特に南アフリカやオーストラリアのホホジロザメは凶暴ってよく聞くよね。でも人間を襲う率はそこまで高くないとも言われているけど、人魚はアシカやアザラシと間違えられるんかなぁ〜。」
華「実は店長ならご存知かも知れませんが・・・、人魚の肉は不老不死の妙薬とされていまして。」
大「それって本当にそう言われているんだ?でも基本的には猛毒なんだろ?どういう条件かは判らないけど、耐性のある人しか不老不死になれないって伝説は聞いた事があるよ。」
華「はい、それは本当らしいのですが、不老不死に憧れる人はいつの時代も多くて、私も仲間たちも、下手に魚を追って泳げないんです。網にかかって捕まるリスクがあるし、サメや大型の肉食魚、ダイオウイカに襲われたりするので。」
留「それは、人目につかないように生活するのも大変ね。」
華「アキラさんの言葉をお借りしますと、肩幅が狭いって事になります。」
大「あぁ、肩身な。人魚の発見そのものよりも、人魚にもユーモアのセンスがあるって話で、学術論文が書けそうな気がしてきたわ。」(笑)
華「あとサメに関しては、一度人魚を食べた事のあるサメは人魚を狙うようになるらしいので、海で出会ったら、徹底的に追いかけ回されるのです。」
大「何そのヒグマみたいな習性?ストーカーか何かか?」
留「それで華恋ちゃん、本当に海に戻らなくていいの?」
華「実は人魚に戻る為に必要な条件があるそうなんですけど、その条件を思い出せないんです。」
大「だったらしばらく陸の生活を楽しみつつ、戻る方法も思い出せるように、記憶の糸を辿ろうじゃないか!」
華「ありがとうございます。私は人化したのが初めてなので、それもうっかりなポイントなんです。」
大「人化したのが初めて・・・、因みに華恋ちゃん、実際には何歳か思い出せたんか?」
華「あの・・・。驚かないで下さいね?」
大「もう何も驚かん!気にするな。」
華「人間の太陽暦で行くと私、今年で465歳なんです。」
留「はいぃぃぃ〜?」
大「人魚って寿命は何年なんや?」
華「恐らくなんですけど、2千〜3千年くらいだったかと。」
大「なるほど、人魚暦的には、まだまだお嬢さんってのは間違いない訳か。」
華「すみません年齢的に長く生きているのに、要領が悪くて本当に申し訳ございません。」
大 「いや、仕事もコミュニケーションもバッチリやから、それはいいねん。それより、一つ聞いていいか?」
華「・・・何でしょう?」
大「織田信長や羽柴秀吉、徳川家康の話は知ってるか?」
華「あっ、それですが、先日行った金ヶ崎で戦があった時、私まだ子供でしたが、この海域にいたので知ってました。当時と地形が変わっていたので、それであの時は記憶の断片も呼び起こされなかったのかと。」
大「これは・・・すげぇ話になってきたぞ。」
留「店長、妙に嬉しそうじゃないですか?」
大「お、おう、気のせいや。ところで、本能寺の変の真犯人についての情報は知らないか?」
華「それは信長さまが亡くなったという事件の話でしょうか?」
大「そう!何か聞いてる?」
華「私たちは人の噂話程度でしか聞いていません。しかし誰かが裏切ったって噂は聞きました。」
大 「明智光秀ではないよな?」
華 「多分その方の名前は出なかったです。なすりつけられたのは間違いありませんが、私たちが後の朝鮮半島に渡る船で、兵士たちが話していた内容を聞いた限りでは、かなり大掛かりな芝居を打ったという話があったのと、結果的に秀吉さまが裏切ったんじゃないのか?って噂もあったそうで、私が聞いたのはそこまで。」
大「それは惜しいな。世紀の謎に迫れるところやったのに残念!荒木村重や黒田官兵衛の名前も無かったか?」
華「そのあたりの名前は、出すのも禁忌だとは聞いたような気がします。」
大「何ぃ〜、気になるなぁ、それ。」
留「店長、今夜はもう帰りましょうよ!」
大「あぁ、ホンマやな!華恋ちゃん、いや、華恋大先輩!どうぞ今後もよろしくお願い致します!」
華「店長!その呼び方はやめてください!これまで通りに接して頂けませんか?」
華恋は少し涙を潤ませていた。
大「あぁ、申し訳ない!もちろんやとも!他のスタッフやお客様に華恋ちゃんの秘密がバレたら、それこそ一緒に生活できなくなるからな。年齢の件は今まで通り7月7日の七夕生まれで、20歳になったばかり!それについては沙耶さんにも話さないでおくよ。」
留「そうだね。情報がぶっ飛びすぎて、接し方が変わると問題だから、年齢についてはこの3人の秘密ということにしましょう!」
華「お二人とも、本当に、本当にありがとうございます。」
大「これからも変わらず仲良く仕事も遊びも頑張ろう。」
その帰り、遠回りにはなるけれど、車で表六甲ドライブウェイを上って、カンツリーハウスの六甲ガーデンテラスと、更に芦有ドライブウェイの東六甲展望台に華恋を連れて行った。
華「わぁ〜、凄く綺麗!街が星や宝石のよう!」
大「本当なら、この東六甲展望台から関西各地の花火大会が一望できるんだけど、今年はコロナウイルスのお陰ででどこも花火は中止!自粛!自粛!自粛の嵐さ。」
華「花火・・・私も海から観たことがあります。綺麗ですよね。」
留「華恋ちゃんは星とか花火とかキラキラ光るものが好きなの?」
華「海に暮らしていて、いいなぁ〜って思う瞬間は、太陽の光が、海中に差し込んだ時のキラキラを見た時とか、夜に星空を見上げた時が一番幸せです。」
大「ここからの夜景は気に入ってくれた?」
華「はい!とても綺麗です!でも・・・なぜ、ここは星がほとんど見えないのですか?」
大「ここは街が明るすぎるから、大気がボヤけて星が見えなくなっちまうんよ。」
華「どっちの輝きも観れたらいいのに・・・。」
大「あっ!そうや!華恋ちゃん、近々俺、北アルプスに登る予定なんだけど、君も一緒に登らないか?」
留「店長!いきなり誘って大丈夫?今度行くって、槍ヶ岳でしょ?」
大「そう、槍穂高大縦走ルートや。ついでに先代の手掛かりを探そうと思ってる。」
華「それは私でも簡単に登れる山なんですか?」
大「それはナメたらアカン!の天童よしみさんや。残り3週間足らずやけど、念の為にトレーニング頑張るぞ!」
華「それ私がご一緒して大丈夫なんですか?」
大「ご一緒してもらわないと話にならんのよ!君に日本一最高の星空を観せてあげたいんや!」
華「日本一最高の星空?・・・とても観たいです。」
こうして、実は海洋の生物だと判明したばかりの華恋を、そんなのお構い無しで北アルプスに連れて行くという無茶振り計画が爆誕したのであった。
果たしてどうなる?
(第九章 了)
(第十章へ続く)
(第一章から読み直す)
