気象通報
【日記#614 2026/04/27(月)☂️/☀️/☂️】
昨晩から雨が降り始め
朝になってもずっと降り続いているので
朝のウォーキングには
出られませんでした。
昼間しばらく晴れていたので
そのタイミングを逃さず
歩いてきました。
帰ってくるとまた曇り出し
午後には雨がまた降り出してきました。
一昨日の帰りですが
NHKラジオで気象通報を聞きました。
気象通報は
ラジオ第2で放送されていましたが
ラジオ第2が3月末で停波となり
ラジオAM(かつてのラジオ第一放送)の
夕方の時間帯に移動しました。
同じラジオ第2でも
株式市況は終了しましたが
さすがに気象通報は
気象の仕事をしている人や
プロの登山家やアマチュア登山家など
必要としている人も多いのか
(だったら株式市況の方が多いか)
放送は継続されています。
株式市況とは違って
気象業務法で発表が
義務付けられているからです。
それがとにかく
ラジオ第2時代と全く変わらないので
とても浮いて聞こえてきます。
しかし自分はこの気象通報が好きでして
このただならぬ緊張感と
各地の天気に特化した内容が
あれこれと想像を掻き立ててくれます。
まず日本やその近辺の天気が
風向き、風速までわかります。
行ったことのない場所は想像で
また行ったことのある場所は
今日はこんな具合なのかなと
とにかくよその場所への思いが
強くなります。
旅情を感じることさえあります。
それで旅情を感じるのも
ちょっと異常だとも思います。
中高生くらいの時は
この気象通報を聞いて
天気図も描いていました。
中学生の頃は1号用紙といい
各地の記入欄があって
ラジオを聴きながら項目を記入したのち
それをもとに天気図を描く
所謂初級の用紙を。
高校生になると
2号用紙といって
地図に直接項目を書き込む
中級以上の用紙を使っていました。

天気図は描けても
天気予報にまでは至らなかったのですが
何をどうしてどうやれば
天気予報につながるのかは
理屈でもわかっていました。
のちに気象予報士という資格が
登場した時には
その大変さがわかっていたので
興味はありましたが
受験しようとは
とても考えられませんでした。
ここからは超マニアックな話になります。
気象通報もその頃と比べると
観測地点が変わりました。
外国地名の表記などが
現地語の発音を優先した結果
韓国の地名は
現在の表記になっています。
例えばチェジュ島はかつては
「さいしゅうとう」と
ウルルン島は
「うつりょうとう」と
プサンは
「ふざん」と読んでいました。
中国との間ではお互いに
自国の発音で読むという取り決めがあって
地名と人名は日本語読みのままです。
北京なら「ぺきん」ですし
武漢なら「ぶかん」です。
観測所もかつては千島列島の地名は
日本語読みでした。
例えば松輪島や得撫島から観測データが配信されていましたが
現在はすでになくなり
代わりにセベロクリリスク
(かつての幌筵島柏原)
に新たに観測所ができました。
テチューヘ(ロシア沿海地方)も
いつの間にかルドナヤプリスタニと
聞き慣れない観測所に交代してました。
何よりも変わったのは
気圧の単位で
かつてはhPa(ヘクトパスカル)ではなく
mb(ミリバール)でした。
この言葉に聞き覚えがある人は
ある一定以上の年齢となります。
もう一つは観測システムの自動化によって
「天気不明」の地点が増えました。
特に中国大陸に見られる傾向があります。
こんな情報であっても
東日本大震災の時は
観測不能な地点
(宮古、仙台、小名浜など)が
数ヶ月にわたって出てきたり
時代を物語ることは
いくつかあります。
今でもおそらく
2号用紙で気象通報を聴きながら
天気図は描けると思います。
そんな懐かしい気象通報が
番組の方から僕に近づいてきてくれた
そんな気分にもなりました。
と言いますのも夕方の時間帯は
よくラジオを聴きますので
今後は気象通報を耳にする機会も
必ず増えるはずです。
昔は有隣堂でも手に入った
天気図用紙ですが
今もあるのかどうかは
定かではありません。
たまにはラジオを聴いて
天気図を描いてみたいなと
久しぶりに思うようになりました■
