あの夏の車窓
【日記#693 2026/08/11(火)☀️☁️】
本格的にお盆に入ります。
お盆というものを意識して過ごすのは
大人になってからだと思うのですが
お盆というものが
自分の生活に直結していると感じるのは
つい最近のことだと思います。
学生だった頃はこの時期になると
青春18きっぷを使って
あちこち旅行に出ていました。
あの頃は鉄道旅という選択をしても
そこそこ列車は接続をしていて
ある程度は前に進めました。
今はどうでしょう。
場所によっては
一日に3〜4本しか
普通列車が来ない駅もあります。
そんな場所は行ったとしても
駅から外に出るのは
勇気のいることでしょう。
昔の鉄道旅行といいますと
途中下車をした時に
ハンコを押してもらえました。
小豆くらいの大きさのハンコが
自分の旅の履歴のようなものでした。
夏の暑い最中
冷房のない列車なんて
普通にやって来たものです。
中にはドアも自動ではなく
手で開け閉めするドアの車両も
珍しくはありませんでした。
スマホなんてものはありませんので
列車に乗っている時には
窓から外を見るか
文庫本や時刻表を見ているか
列車の揺れにまかせて
寝ているかのどれかだったと思います。
そんな旅を突き詰めると
乗り換えの駅が旅の目的地で
いったい自分はどこを目指しているのか
わからなくなるような
究極の鉄道旅に行き着きます。
あとで振り返るとつまらないですが
その旅の目的は場所ではなく
移動そのものだったのかなと思います。
次の目的地までの移動中に見る
車窓からの風景だったり
たまたま同じ席に乗り合わせた
地元の人との会話であったり
それこそその中で聞き取る
生の方言でさえも
自分の旅の思い出になるのです。
なにも特定の場所を目指して
観光して帰ることだけが
旅でなくてもよかったのです。
一期一会の多い旅
青春18きっぷの旅だからこそ
そんな旅ができたと思います。
しかし令和の世の中ともなると
青春18きっぷはいつのまにか
使い始めたら三日または五日
連続で使わなければならなくなりました。
つまり思うような旅が
しづらくなったということです。
以前なら複数人数で使えましたが
それも今ではできません。
昭和の頃はもっと自由に使えたはずの
青春18きっぷでしたが
あれこれと制約がつけられ
使いづらくなってしまいました。
またJRの営業区間にも変更があり
いつのまにかJRではない区間
(たとえば盛岡より北、北陸三県など)も
増えてしまいました。
つまり行きたい方面が
行ける場所ではなくなってしまう
切符の自由さが失われてしまいました。
昔は青春18きっぷでも乗れた
夜行列車もたくさんありましたが
いつの間にかそれもなくなりました。
そもそも自分は鉄道ファンではないので
利便性の面でばかりものを考えます。
そういった側面から見たら
新幹線や特急列車は発達して
移動はしやすくなったと思いますが
それは謂わば
キチンと目的地がある人が
便利になっただけで
鉄道を利用して旅をする人すべてが
その恩恵を受けるわけでもないんだなと
思うことも多々あります。
最近よくする
駅そば探訪もまた
そんな昔へのノスタルジーを
追いかけているのかもしれませんが
似ていて非なるものだと
思うこともあります。
ただあの頃の駅そばがもう
絶滅しかけていることだけは
確かなことです。
そんな追憶を確かめながら
駅そばを追いかけています。
それもまた旅の思い出を追いかけるのが
目的なんだろうなと
自分では思っています。
何にせよ列車の窓を全開にして
思いっきり夏の空気と
夏の音に包まれながら
嫌というほど蝉の声を耳にして
帰ってきてからも空耳で蝉の声がする
そんな旅ができたあの頃は
今よりもずっと夏が好きになれた
そんな時代でした■
