スキの数を基準にすると、noteはSNSになる。だから私はビューにこだわる
試行錯誤中のLaLaLaです。
最新記事につくスキは、だいたい10個、多くても20個くらいだ。
一日6本以上という、我ながら少し異常なペースで書き続けているこのnoteでは、新しく投稿した記事はすぐに次の記事に押し流され、タイムラインの奥へと沈んでいく。
その一瞬で目に留まり、指を止め、開いてくれた十数人。最後まで読んでくれた、その確かな存在。それだけで十分だと思っていた。届くべき人に届けばいい。そう思って、私は書いている。
けれどある日、少し長い期間で数字を眺めていて、違和感に気づいた。
一週間のスキは733。月では3300を超え、ビューは4万3000以上ある。
単純に割ると、一日100以上のスキが届いている計算になる。
でも、どの記事も100スキなんて取っていない。
では、この「毎日100」の正体は何か。
義理のスキではない。タイムライン上で配られる挨拶のようなスキでは、この数字にはならない。
なぜなら、私のように一日6本以上も投稿しているアカウントに対して、過去記事まで遡り、複数の記事を読み、スキをつけていくような行動は、効率が悪すぎるからだ。
つまりこの数字は、タイムラインの外から来ている。
誰かが自分の意志で私のページに入り、過去の記事を辿り、読み、そしてスキを置いていっている。
日々積み重なっているこの数字は、その足跡だ。
たまたま一記事を拾って終わりではない。ページに滞在し、並んだ言葉を一つずつ読んでいく。その中で心が動いた分だけ、スキが置かれている。
この蓄積は、明らかに「読まれている」動きだ。
この事実に気づいたとき、私は繋がりの形も見直した。
以前は749人をフォローしていたけれど、それを23人まで一気に絞った。(現在55)義理の関係をすべて切った。
その結果、フォロワーは一度690人まで減った。(現在821)
でも、それ以上は減らなかった。
フォローがなくなっても残った人たちは、スキのやり取りではなく、言葉そのものを読んでいた人たちだった。
その後、共同マガジンでの活動をきっかけに、新しく繋がる人が少しずつ増え、今は55人強になっている。
何のために書いているのか。
数字を集めるためではない。
自分の内側から出てきた言葉を、誰かに渡すためだ。
スキの数ではなく、その言葉に誰かの時間が使われること。それだけが欲しい。
だから、フォローの数はこのままでいい。
その外側で、毎月4万以上のビューが積み重なっている。
もちろん、そのすべてが最後まで読まれているわけではない。ページを開いただけのものも含まれているはずだ。
それでも、YouTubeで言えば月に4万回以上再生されているのと同じことだ。
タイムラインの外側で、繰り返し誰かの視界に入り、少なくとも一度は手を止めさせている。
そして今、私はTALESに、過去に書いて埋もれていた小説をリメイクして投稿している。
すでに60本以上投稿して、その半分以上がランキングに入っている。
埋もれていたものでも、届く場所に置き直せば、ちゃんと読まれる。
実際、今書き直している作品は、1年前に創作大賞に応募したものだ。
AIに読ませたとき「これは単なるプロットですね」と言われた。
物語として完成しているつもりだった。でも実際は、まだ骨組みのままだった。
だから今、それを書き直している。
同じ題材でも、今の自分なら、もう少し深く潜れる。
だから、新しい記事を書き続けるのもいい。
でも同時に、あのとき自分が本気で書いたものを、今の自分の手で書き直して、もう一度世に出すという選択もあると思う。
いいものは、ちゃんと届く場所に置き直せばいい。
目立たなくてもいい。評価されなくてもいい。
いい記事なのに、まだ誰にも見つかっていないものは、どこかに必ずある。
だから私は今日も、自分で書きながら、誰かの深海に沈んだ言葉を探しに行く。
私のフォローしている作家さんの中には本当に文章力にファンがついて方が数名おられます。私が目指している方たちです。
今私は、スキがあまり付いてない内容の濃ゆい記事をそっと読みに行って静かに去っています。、


大体週間も月間も同じ数を推移している。

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