「エゴグラム」を、けものに変えた話

「エゴグラム」を、けものに変えた話
最初に打ち込んだ言葉は、たった四文字だった。
「エゴグラム」。
理由は、自分でもよく分かっていない。ふと、あの五本の棒グラフが頭に浮かんだ。心を五つの自我状態に分ける、あの心理テスト。厳しい親、優しい親、冷静な大人、自由な子ども、いい子。なんとなく、これで何か作れる気がした。それだけだった。
五つじゃ、足りなかった
作りはじめてすぐ、引っかかったことがある。
「優しい親(養育的な親)」という、ひと括り。
世界中の困っている人に尽くすお母さんと、目の前のひとりに尽くしすぎて自分が空っぽになるお母さんを、同じ箱に入れていいのか。たぶん、よくない。前者は遠くばかり見て隣を見落とすし、後者は断れなくて枯れていく。似ているようで、まるで別の生きものだ。
割りたくなった。もっと細かく。世界のお母さん、枯れていくお母さん、世話が見張りに変わるお母さん、いい母を演じるお母さん──。
そうやって枝を増やしているうちに、別の問題に気づいた。
「あなたはこれです」が、こわい
細かく割れば割るほど、診断は人を仕分ける道具になる。
「あなたは養育的な親が高めです」と言われた瞬間、棚に入れられた気がしないだろうか。番号をふられて、引き出しにしまわれる感じ。当たっていればいるほど、逃げ場がない。それは、診断というより隔離だ。
だから、名前を変えることにした。
お母さんでもお父さんでもなく、動物に。裁く狼、与える象、観る梟、遊ぶ猫、合わせるカメレオン。種にした瞬間、診断はキャラクターになった。「あなたは枯れ井戸の象です」と言われても、人は怒らない。たぶん、ちょっと笑う。直球のラベルが、一枚やわらかい皮をかぶる。
占いじゃなくて、読み物にしたかった
もうひとつ、どうしても欲しかったものがある。
絵と、物語。
「あなたは優しく、人に尽くすタイプです」みたいな定型文は、いらなかった。そうではなくて、その一頭が、終電で帰ってきて、電気もつけずに、立ったまま水を一杯飲む──そういう場面が見たかった。説明はしない。性格を地の文で語らない。ただ一シーンを見せて、突き放したまま終わる。
気づけばそれは、ふだん小説でやっていることと、まったく同じだった。診断の皮をかぶった、十八本の掌編。そういうものを作ろうとしていた。
AIの絵が、へたくそで、好きだった
試作の段階で、AIに絵を出させてみた。
これが、笑ってしまうくらい、へたくそだった。棒に毛が生えたような象。輪郭がぐにゃぐにゃの梟。きれいなCGイラストとは程遠い、落書きみたいな線。
ところが──なんか、好きだった。
自分が手で描く落書きに、よく似ていたのだ。下手にツルッと上手い絵より、このゆるい線のほうが、突き放した物語と噛み合う気がした。占いツールにありがちな、よそ行きの顔をしていない。
そこで、役割が決まった。絵は、自分が描く。文章と仕組みは、AIに任せる。 絵も文も全部自前。誰にも真似できない、自分だけのキャラ図鑑。そういう方向に、するりと着地した。
できたもの
『けものぐらむ』。
二十問に答えると、心の中の五本の軸が出てくる。いちばん高い軸が、あなたのベースの種。二番目に高い軸が、その種の「枝」になる。五本がだいたい横並びの、バランスの取れた人だけが、特別な一頭にたどり着く。
五種 × 枝で、全十八頭。図鑑形式。一頭ずつに、短い物語がついている。
仕組みはいつもどおり、単一のHTMLファイル一枚。Cloudflare Pagesにドラッグするだけで公開できる。絵は、これから自分の手で全部描き直していく。今はまだ、あの「へたくそで好きな」仮の線が入っているだけ。十八枚、地道に描く。
▶https://kemono-gram.pages.dev/
結局
作り終えて、思っている。
自分は、診断ツールが作りたかったわけじゃないのかもしれない。
十八頭ぶんの、短い小説を書く口実が欲しかっただけ。エゴグラムも、動物も、二十の問いも、ぜんぶ、あの掌編にたどり着くための長い前置きだったのかもしれない。
枯れ井戸の象は、今夜も電気をつけずに、水を飲んでいる。 それでいい、と思っている。

翻訳するとなんだろう?
わかったようでわからんけど絵が面白いww
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