学校に行かない選択をした君へ。その手にあるタブレットは、理不尽なフェンスを壊す武器になる。
「平等」と「公平」の違いを表した、あの有名な図を見たことがあるでしょうか。
3人の人が野球の試合を見るために並んでいて、みんなに同じ高さの箱を配るのが「平等」。背の低い人に合わせて箱を多く配るのが「公平」。
そして最近、3枚目の図としてよく語られるのが、みんなの視界を遮っていた木製のフェンスそのものを、すき間のある金網に変えてしまう「正義・解放」の図です。箱なんか使わなくても、最初から全員がそのまま試合を楽しめる仕組みに変えよう、という考え方です。
この図を見るたびに、私は今の学校の「教室」や「登校」という仕組みのことを考えます。
昔の日本の学校は、まさに「みんな同じ箱を1個ずつ配る」という平等システムでした。高度経済成長期の頃は、みんなが同じ教室に集まり、同じペースで、同じルールを我慢して守ることが、社会に出るための正解だったからです。当時はそのシステムが時代に合っていました。
しかし、時代はもう完全に変わりました。それなのに、学校の仕組みだけが昔のまま残ってしまっています。
一斉に同じ前を向いて、同じ机に座る授業。それは一見すると「平等」に見えるかもしれません。でも現実の教室は、勉強したくない子が騒いで授業が何度も止まったり、理不尽ないじめに怯えたりする場所になってしまっていることがあります。真面目に学びたい子がイライラさせられ、傷つけられ、エネルギーを削られていく。
私は、あの四角い教室という「空間」、そして「毎日決まった時間に校舎へ登校しなければならない」というルールそのものが、子どもたちから公平さを奪い、行く手を阻んでいる「邪魔なフェンス」そのものだと感じています。
今の時代、本当の意味で「フェンスをなくす(正義・解放)」とはどういうことでしょうか。
それは、「学校の校舎に登校する」というフェンスそのものを取り払うことです。
学校に行かないことを「欠席(お休み)」と呼ぶのは、もうやめにしませんか。
家でオンライン授業を受け、タブレットで課題をクリアしているなら、それは立派な「出席」であり、最先端の「学び」の形です。場所が教室から自宅に変わっただけで、やっていることは何も変わらない、いや、むしろ効率は上がっているはずです。
だからこそ、もし今、学校に行かないという選択をしている君に伝えたいことがあります。
それは決して「逃げ」なんかじゃない、ということです。
いじめや騒音に耐えるために使うはずだった大切なエネルギーを、自分の心を守るために使い、自分に合った「安心できるオンラインの空間」を自分で選び取った、とても賢く勇敢な行動です。
今の君の手元には、学校から支給されたタブレットやパソコンがあるはずです。
それは、学校の言う通りに提出物を出すためだけの道具ではありません。騒がしい教室を飛び出した君が、誰にも邪魔されずに、100%自分のためだけに使える「最強の武器」です。
お家という静かな空間なら、悪ガキに授業を妨害されることも、誰かに傷つけられることもありません。
教科書を自分のペースでどんどん先に読み進めてもいいし、わからないところは動画を何度巻き戻して見たっていい。学校の45分の授業より、ずっと短い時間で、ずっと深い勉強が自分のためだけにできるはずです。
無理をして、あの窮屈で理不尽なフェンスの中に居続ける必要はありません。
国だって、重い腰を上げて「学校の外でデジタルを使って学ぶこと」を出席として認めるルールを少しずつ作り始めています。でも、社会の常識が追いつくのを待つ必要はありません。君が先陣を切って、新しい学びの形を実践すればいいのです。
君は君のままでいい。
誰も困らない、誰も傷つかない、君だけの安心な空間を作って、デジタルを味方につけて、自分の未来を自分の手で組み立てていってください。その選択を、私は大人として、心から応援しています。

高度経済成長期など、昔の日本は「みんなが同じルールを守り、同じクオリティの仕事を大量にこなすこと」が求められる時代でした。
そのため、学校も以下のような、徹底した「同じ」をベースにした平等システムを作ったのです。
全員同じペース、同じやり方
前を向いて40人が一斉に座り、先生の言うことをじっと聞く。はみ出すことは「悪」
少しでも遅れたり、違う行動をとったりすると、ペナルティを与えられる。一見、不満は出にくい
みんなが「同じ不自由」を我慢しているため、当時はそれが当たり前(=平等で正しいこと)だと全員が信じ込んでいました。
当時はその「平等」のおかげで、日本全体の学力が底上げされ、国が豊かになったという良い側面もありました。
🚨 時代が変わったのに、システムだけが残ってしまった
しかし今、社会は大きく変わりました。一人ひとりの個性や、自分で考える力が求められる時代です。
それなのに、学校の「空間」や「一斉授業」というシステムだけが昔の「平等(同じ箱を配る)」のまま残ってしまっているため、今の時代を生きる子どもたちとの間に、大きくて苦しいズレ(いじめ、授業妨害、不登校など)が生まれてしまっています。
昔は正しかった「平等」という名のフェンスが、今は子どもたちを閉じ込める壁になってしまっている。だからこそ、大人がそのシステムに疑問を持ち、新しい学びの形(フェンスをなくす正義)を提案していくことが、今とても求められています。

いいなと思ったら応援しよう!
はぁ、はぁ……っ! お願い、です……!
『怪獣の腹の中で』を……どうしても、私の手で「紙の本」にしたいんです……っ!
あなたの、そのサポートが……本の、一ページに、なります……っ。
はぁ……応援、してくれませんか……っ?