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「2か月の定期検査5月11日の結果からの経過報告」

試行錯誤中のLaLaLaです。
「2か月の定期検査5月11日の結果からの経過報告」
血液・尿検査の結果データーを見た医者はこう言い放った。
「入院を強く勧めます」
私は、自分が一番知ってる体調の悪さ、「わかりました。」というつもりが
出てきた言葉は、「二か月後の検査まで頑張ってコントロールしてみます。」と言っていた。
3食昼寝付き、1日何回か検査苦しい入院ではない。
(1度経験済み1週間ほど)

経過観察開始

  • 【前半】可視化された絶望と、突きつけられた「入院勧告」 5月11日の検査で「空腹時血糖305、HbA1c 9.3%」を記録し、医師から入院を勧められた衝撃。リブレのデータは目標範囲内が「0%」を指し、夕方以降には測定限界を超える「HI(500 mg/dL以上)」を表示。自分の体が24時間、高血糖の炎に包まれていた事実を思い知る段階。

  • 【中盤】急転直下のグラフと、体が上げた「もう一つの悲鳴」 5月13日〜19日の記録。数値を抑え込むため、自己流で炭水化物を完全に排除。結果、目標範囲内の時間は「54%」まで急回復し、数値は一気に70〜80台の正常値へ。しかし、数字の「勝利」とは裏腹に、体が鉛のように重くなる猛烈な倦怠感に襲われ、急激な変化に細胞が悲鳴を上げている現実を体感する段階。

  • 【後半】「60%の安定」の裏に潜む、一瞬のスパイクと綱渡りの日々 5月18日〜24日の記録。統計上の目標範囲内は「60%」まで向上し、一見穏やかな日々を取り戻したかに見えた。しかし5月24日の昼、わずか30分の間にグラフが垂直に立ち上がり、「225 mg/dL(急上昇)」を記録。自己流の制限は根本的な解決ではなく、ただ細いロープの上を歩く「綱渡り」に過ぎないことを悟り、本当の意味で医療の手を借りて体と向き合う決意を固める段階。


【第一部:前半】可視化された絶望と、突きつけられた「入院勧告」


「人間は食べたものでできている」という言葉がある。 だが、私の場合は違った。私の体は、目に見えない糖の炎で四六時中、燃え盛っていたのだ。その事実を残酷なまでの明瞭さで突きつけられたのが、5月のあの日だった。

5月11日。体のだるさや渇きを覚えて赴いた病院の検査室で、医師から示された紙には、およそ現実のものとは思えない数字が並んでいた。

「空腹時血糖値:305 mg/dL」 「ヘモグロビンA1c(HbA1c):9.3%」

過去数ヶ月の平均血糖値を反映するHbA1cが9.3%という数字を見た医師の顔つきが変わった。手渡された診断は重かった。「今すぐ入院してください」という勧告。命の危険すら孕む高血糖状態が、私の体の中でずっと続いていたのだ。

その数字の恐ろしさを、より生々しく可視化したのが、二の腕に装着した持続グルコース測定器(CGM)のデータだった。

スマホの画面を開き、5月7日から13日までの1週間の統計データを見たとき、私は自分の目を疑った。 健康な状態、あるいは治療の目標とされる「目標範囲(70-180 mg/dL)」に、私のグルコース値が滞在していた時間は、驚くべきことに「0%」だった。グラフは常に200 mg/dLのラインより遥か上をのたうち回り、全体の4割近くが350 mg/dLを超えるという、異常な高エネルギーの暴走状態を示していた。

極めつけは、ある日の夕方のことだった。 15時を過ぎたあたりから急激に角度を上げて上昇し始めた黒い線は、18時を回る頃にはグラフの最上段、500 mg/dLの限界線へと到達した。

その瞬間に画面に表示された文字は、具体的な数値ではなく、ただ二文字。

「HI(範囲外)」

測定器が測ることのできる限界を超えてしまった、圧倒的な高血糖。 私の体は、食べたものをエネルギーに変えて変化していくという悠長なレベルを遥かに超えて、処理しきれない糖によって完全に窒息しかけていた。指先を針で刺す「点」の測定では見えなかった、24時間絶え間なく続く体の悲鳴が、そこにはっきりと写し出されていた。


【第二部:中盤】急転直下のグラフと、体が上げた「もう一つの悲鳴」


「HI」という文字が画面を支配した最悪の1週間を経て、私は一つの極端な行動に出た。 病院で突きつけられた「血糖値305、HbA1c 9.3%」という現実と、医師からの入院勧告。あの恐怖から逃れるため、そして体の中で暴走する糖の炎を無理やり消し止めるために、私は食事から「炭水化物」を完全に排除したのだ。主食であるご飯やパン、麺類を一切口にしない。いわば、自分の体を使ったぶっつけ本番の食事療法だった。

その結果は、恐ろしいほどの即効性をもってスマホの画面に現れた。

5月13日から19日までの1週間の統計データ。そこには、前週まで「0%」だった緑色のセーフティゾーン、すなわち目標範囲(70-180 mg/dL)の滞在時間が、一気に「54%」まで跳ね上がっている光景があった。

画面を開くたびに私を追い詰めていた300オーバーの警告色は消え去り、そこには見たこともないほど穏やかな黒い線が横たわっていた。5月15日の朝には136 mg/dL、18日には117 mg/dL、そして19日の未明には70 mg/dL

「下がった。私の手で、この体をコントロールできたんだ」

緑色のグラフを見つめながら、私は確かな達成感を覚えていた。食べたものを抜けば、体は実に見事に、その通りの数字を叩き出す。人間の体はなんてシンプルで、なんて正直なのだろう。数字の上では、私は完全な「勝利」を収めたはずだった。

しかし、生身の体という小宇宙は、デジタルの数字のように単純ではなかった。

数値が正常値に近づいていくのと反比例するように、私の体はかつてないほどの異変を起こし始めていた。襲ってきたのは、立っていることすら億劫になるほどの、凄まじい倦怠感。頭に分厚いモヤがかかったようなだるさが、24時間、容赦なく私を支配し始めたのだ。

皮肉としか言いようがなかった。命の危険を告げる300以上の高血糖の時には、あれほど平気で動けていたのに、数値が「70 mg/dL」という正常範囲の最下限まで下がった今、体は鉛のように重く、悲鳴を上げている。

炭水化物を急激に断たれたことで、これまで過酷な高血糖環境に慣れきっていた脳や細胞たちが、「エネルギーが足りない!」と激しいパニックを起こしている。あるいは、インスリンが満足に働かない状態で無理に糖を断ったことで、体内の代謝システムが限界を超え、危険な物質を蓄積し始めているサインなのかもしれなかった。

数字をねじ伏せることはできても、命のバランスを保つことはできない。 この激しいだるさは、緑色のグラフの裏側で、私の体が必死で絞り出している「もう一つのSOS」だった。


【第三部:後半】「60%の安定」の裏に潜む、一瞬のスパイクと綱渡りの日々


激しい倦怠感と格闘しながら炭水化物制限を続けて、さらに数日が経った。 5月18日から24日までの1週間の記録。スマホの画面に映し出された統計データは、目標範囲(70-180 mg/dL)の滞在時間が「60%」という、この3週間で最も高い数字を記録していた。

全体の6割が緑色のセーフティゾーンに収まっている。240 mg/dLを超える深刻な高血糖の時間もわずか13%まで抑え込まれていた。その画面は、まるで私がこの過酷な試練を乗り越え、自分の体を完全に手なずけたかのような錯覚を抱かせるのに十分だった。

実際、その日の午前中もグラフは極めて穏やかだった。6時から11時過ぎまで、150 mg/dL付近の目標範囲内をなだらかに行き来しており、私はどこか安堵に近い気持ちで日常を過ごしていた。

しかし、お昼の12時。 スマホを胸元にかざし、センサーを読み取らせた瞬間、私は自分の過信を叩き潰されることになる。

画面に表示されたのは、警告を示す黄色い背景と、「225 mg/dL」という数字。 そして、その横で右上を鋭く指し示している「↗(上昇)」の矢印だった。

つい30分前まであれほど大人しく、緑色の枠内に収まっていた黒い線が、お昼時を迎えた瞬間に突如として垂直に近い角度で立ち上がり、一気に境界線を突き抜けていた。ほんの少しの食事、あるいはほんの少しのタイミングのズレ。それだけで、私の体は文字通り「一瞬」で牙をむき、元の高血糖状態へと引き戻されてしまう。

思い知らされたのは、これが本当の「コントロール」などではないという冷徹な事実だった。 1週間の統計で「60%が安定している」と見えていても、それは病気が治ったわけでも、膵臓の働きが回復したわけでもない。ただ、炭水化物を極限まで削るという非常に細く危険なロープの上を、落ちないように息を潜めて歩いているだけの、張り詰めた「綱渡り」状態に過ぎないのだ。

どれほどデジタルデータの上で数字の帳尻を合わせようとしても、私の体は今もなお、5月11日に「空腹時血糖305、HbA1c 9.3%」を叩き出したあの危うい状態のままで、限界の淵を歩き続けている。ひとたびスイッチが入れば、体内の処理システムはあっさりと破綻し、グルコース値はロケットのように跳ね上がっていく。

3週間にわたって腕の装置が見せてくれたのは、食べ物によってリアルタイムに変化していく人間の体の生々しいダイナミズムであり、そして自己流の限界を告げる厳然たる事実だった。

緑色のパーセンテージに隠された、一瞬の急上昇。 この225 mg/dLという数字を見つめながら、私は数字をねじ伏せるための無茶な制限をやめ、自分の体を根本から救うために、医師の指導のもとで行う正しい医療のステップへ進む覚悟を決めている。


次回の検査は2か月後7月13日の予約を取っているが、6月8日か15日に前倒しして検査結果をもとに、もう一度医者からの入院勧告があったら素直に入院しようと思っている。

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