2,658本書いてわかった。「読まれる記事」と「埋もれる記事」の違いーヒット記事だけが、私じゃない。2025年2月4日初投稿から全期間分析結果

2025年2月4日。
私がnoteを書き始めた日です。
あれから今日までの全期間分のデータを、noteからすべて書き出して、Excelに貼り付けてみました。
一本ずつカウントしてみると、この約1年3ヶ月で書いた記事は、合計で2,658本。
そのうち、ビューが「100以下」の記事が1,280本、「100以上」の記事が1,378本という結果になりました。
割合にすると、
100ビュー以下:48.2%(1,280本)
100ビュー以上:51.8%(1,378本)
ほぼ「半々」です。
この記事では、この数字を出発点に、
「100以上の“読まれた記事”がどんな顔ぶれだったのか」
「100以下の“読まれなかった記事”には、どんな共通点があったのか」
を、自分なりに整理してみます。
100ビュー以上の記事に見えた「読まれる型」
100ビュー以上の記事は、1,378本。
約半分強の「読まれた側」です。
ざっと分けると、こんな顔ぶれが目立ちます。
看板とキラーコンテンツ
診断テスト系(Love Type 16 など)
創作大賞・公募挑戦ログ
『怪獣の腹の中で』関連(ランキング報告・現状報告・打ち合わせ公開)
これらは、「自分ごと診断」や「挑戦の実況」「創作の舞台裏」というフックで、noteの外からも人を連れてきた記事です。
シリーズと「しつこさ」
タオンガ島シリーズ
正しい恋愛の終わり方
公募チャレンジの連載メモ
タイトルの頭がほぼ同じ記事を、何度も何度も出しているもの。
これが読者の脳内に「棚」を作り、「このシリーズはとりあえず読む」という習慣を生んでいます。
note運用・AI活用・ラボ系
スキ返し宣言・3万スキの記事
noteフェーズ変更・フォロー実験の記録
AIプロンプト解説・AIとの打ち合わせ記事
【共同マガジン】note収益ラボ 関連
ここは、「書き方」ではなく「どう運用するか」「どう共犯するか」という“設計図”を求めて読まれているゾーンです。
「事件報告」と「節目」
1000記事達成
入賞報告・選考シート公開
YouTubeやTALESなど他サービスでの節目
いわゆる「今、ここで何かが起きている」タイプの記事。
読者が“目撃者”として参加しやすく、数字がつきやすい型です。
ざっくり言えば、
自分の中の事件(作品・挑戦・フェーズ変更)を、
「実況」「シリーズ」「設計図」として出した記事が、100以上ゾーンの中心
になっています。
100ビュー以下1,280本に見えた「静かな役割」
一方、100ビュー以下の記事は1,280本。
こちらも、全体の約48%を占める、もう一つの半分です。
Excelでざっと眺めた限り、主な傾向はこうでした。
古い時期の記事(2025年2月〜夏ごろ)
noteを始めたての頃に書いた作品たち。
私自身の認知も弱く、タグ運用も手探りだった時期なので、ビューが伸びていないのは自然です。
有料記事に切り替えたもの
当日だけ全文無料→翌日有料にした記事。
有料になった瞬間に入口が狭くなるので、ビュー自体は伸びにくい。
ただし、ここは「読みたい人だけが来る場所」なので、数よりも濃さのゾーンです。
音楽・動画ノート
YouTubeやSunoのリンクをそのまま貼った「これ作りました」系の記事。
作品の本体は動画や音源側にあり、note記事自体は“案内板”なので、ビューが少ないのは構造上の問題です。
童話/メトアート/画像だけ/俳句/超短編/長編の途中話
子ども向けの童話
メトアートなど、画像メインの投稿
一枚画像だけのノート
俳句・超短編
長編連載の途中話
これらは「じわじわ掘られていくタイプ」で、一発の伸びには向いていません。
自分ではとても好きな領域だけれど、「入口の広さ」という意味では、やや弱い型です。
まとめると、
100以下ゾーンは、「設計として入口が狭いもの」と「まだ認知が低かった時期のもの」が主役
という感じです。
「ダメ」ではなく「役割が違う」と決めてしまう
ここまで整理して、私は自分にこう言い聞かせています。
100以上:
→ 読まれるために設計した「看板」「シリーズ」「事件報告」「ラボの設計図」100以下:
→ 古い作品/有料への入口/音楽や画像のショーケース/童話や俳句や長編途中など「自分の地熱」を作るための場所
だから、
100ビュー以下=ダメ記事
とは、もう思わない。
むしろ、
看板で人を連れてきて
ラボやシリーズで「この人おもしろいな」と思ってもらい
深く掘ってくれた人だけが、童話や俳句や音楽ノートにたどり着く
という、層構造の中の「深層」だと考えています。
この数字を前提に、何を決めたか
2,658本中、100以上1,378本・100以下1,280本。
ほぼ「半々」です。
この数字を見て、私はこう決めました。
100以上ゾーンは「意図して読まれにいく打席」として、これからも設計する。
100以下ゾーンは、「数字を気にせず、自分の好きと地熱を保つ場所」として残しておく。
そのうえで、「スキ返しの実験」「TALESでの検証」「AI共犯」「共同マガジン」「メンバーシップ880円で堂々とパクっていい場」という、ここまで話してきた“設計図”を重ねていく。
今回のデータは、
「どの記事が伸びたか」
よりも
「2,658本という地層のどこに、何を置いているか」
を見直すきっかけになりました。
地層のいちばん下まで掘ってくれる人
2,658本も記事があると、正直、自分でもどこに何を書いたか全部は覚えていません。
それでも、ときどき通知欄に「え、そんな昔の?」という記事へのビューやスキがぽつんと混じります。
1年前、もっと前に書いた短編。
埋もれていた童話や、古いエッセイ。
自分でもスクロールしないと辿りつけないような記事に、いまだに新しいスキがつく。
noteの仕様を知っている人なら分かると思いますが、
あの深さまでスクロールして、過去記事を開いて、最後まで読んで、スキを押すのは、けっこうな手間です。
だから私は、そういうスキにいちばん頭を下げたい。
タイムラインに流れてきた「最新の1本」ではなく、
地層のいちばん下まで掘って、昔書いた記事に手を伸ばしてくれる人。
その人たちは、
数字以上の意味で、本当のファンだと思っています。
2,658本のうち、何本読んでもらえるかは分からない。
それでも、たどり着いたどこかの一行が、
誰かの夜のスクロールの指先を、ほんの少しだけ止められたなら——
そのために、私はこれからも、光と影のどちら側にも、記事を置き続けようと思います。
ヒット曲だけが「その人」じゃない
これは音楽の世界ともすごく似ていると思います。
誰もが知っているヒット曲があるからといって、
その一曲だけで「このミュージシャンが好き」とは言えない。
あまり売れていない曲。
シングルにもならなかったアルバムの一曲。
ライブでしか聴けないような B 面のような曲。
コアなファンは、だいたいそういう「地味だけど刺さる一曲」を、大事に抱えています。
浜田省吾の「もう一つの土曜日」みたいな有名曲だけじゃなくて、
アルバムの中にひっそり入っている、シングルになっていない曲に、
自分だけの思い出を重ねている人たち。
流行歌だけ知っているのではなく、
アルバムの深いところまで聴き込んでいる人が、本当のファンなんだろうなと思います。
noteでも同じで、
一番伸びた「診断テスト」や「怪獣」だけを知っている人もいれば、
童話や古い短編、100ビューもついていないような詩を好きだと言ってくれる人もいる。
私は、その後者に向けても、ちゃんと地層を残しておきたい。
だからこれからも、
ヒット曲(看板記事)を書きにいきながら、
アルバムのB面のような、静かな一曲も同じくらい大事に書いていくつもりです。
ポツンとついた「昔のスキ」から拾い上げている
さっき書いた「昔の記事にポツンとつくスキ」は、
私にとってただ嬉しいだけの通知ではありません。
あれは、
「ここ、まだ生きてるよ」
と教えてくれる印でもあります。
1年前、もっと前に書いた短編や童話に、
今になってスキが一つだけ増える。
その記事は、全体で見れば決して多くは読まれていない。
でも、誰か一人が、タイムラインをさかのぼって、
地層の下のほうから掘り出してくれたということです。
今、私がリメイクしてランキングに上がってきている作品の中には、
そうやって「ポツンとついた昔のスキ」をきっかけにピックアップしたものが、いくつもあります。
深いところまで潜ってくれた読者が、
「ここ、まだ光りますよ」と教えてくれた場所を、
今の自分の筆で掘り直している。
それが、
・昔のB面の曲を、今のアレンジでステージに上げ直すこと
・昔の短編を、今の設計で「怪獣側」に連れてくること
の両方につながっています。
音楽の世界でも、同じ現象がいくらでもあります。
たとえば松田聖子の曲でも、
もともとはB面だったり、アルバムの一曲としてひっそり入っていたものが、
あとから「こっちのほうが好き」という声でじわじわ広がっていくことがある。
スイートメモリーズのように、
A面ではなかった曲が、時間をかけて“代表曲”の一つみたいに愛されていくケースもあるわけです。
1983年8月1日リリースのシングル「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」で、最初は「ガラスの林檎」がA面、「SWEET MEMORIES」はカップリング(B面扱い)でした。
その後、サントリーCANビールのCMソングに使われて火がつき、同年10月に「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」として両A面シングルに格上げされました。
つまり、
もともとはB面 → CMきっかけで大ヒット → 代表曲扱い
という流れで、「B面から主役になった曲」の典型例です。
さっきの記事の中では、こう書いておくと正確で分かりやすいです。
松田聖子の「SWEET MEMORIES」も、最初は「ガラスの林檎」のB面(カップリング曲)として出て、あとからCMで火がついて両A面扱いになった曲です。
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