【60代短編】小説白紙のつづき
白石多惠、六十七歳。
半年、玄関を開けていない。新聞は溜まっている。牛乳箱に牛乳はない。止めたまま忘れている。
夫の湯呑みは、棚の右から二番目にある。動かしていない。
夫は絵を描く人だった。近所では画伯と呼ばれた。わたしも昔は描いた。嫁いでからは筆を置いた。夫の絵を支える側にいた。
夫のスケッチブックが机に開いたままだ。半年前のまま開いている。最後の頁は白紙だ。線が一本もない。
老眼鏡をかける。頁の白がにじむ。目を閉じる。開ける。まだにじむ。
秋の午後、玄関を叩く音がする。半年ぶりの音だ。開けない。もう一度叩く。名を呼ぶ声がする。
「白石先生」
先生と呼ぶ者はいない。夫は先生と呼ばれた。わたしは呼ばれない。戸を開ける。若い男が立っている。
男が名乗る。名に覚えがない。男が言う。
「二十年前、絵を教えてくださいました」
思い出せない。男が続ける。
「クレヨンを買えない子でした。先生が絵の具を分けてくれました」
男は今、画廊をやっているという。
「先生の絵を、うちで展示させてください」
描いていない。三十年、描いていない。そう言う。男は机の上のスケッチブックを見る。白紙の頁を見る。
「これは」
「夫のです。最後の頁だけ白いまま」
男は帰った。名刺を置いて帰った。
名刺の裏に、絵葉書が挟んであった。雪の村の絵だ。素朴な筆だ。裏に小さな字がある。七十八歳から描き始めた人だと書いてある。
夫の万年筆を手に取る。インクはまだ残っている。白紙の頁に先を当てる。手が震える。線が曲がる。一本引いた。
その一本だけで、その日は閉じた。
次の日も一本引く。前の日の線とつながらない。手が言うことをきかない。目がにじむ。頁は汚れていく。
一日一本。それしかできない。完成は遠い。遠すぎる。
夫の弟が来る。遺品を片づけに来たという。机のスケッチブックを手に取る。
「これも処分するね」
「置いていって」
「姉さん、その歳で絵でもないやろ」
スケッチブックを取り返す。弟は肩をすくめて帰った。
冬になる。頁の白と線の黒が、同じ色に見える日がある。眼科へ行く。医者が言う。
「進みますよ。見えるうちに、見ておくものを見ておいてください」
完成を目指すのをやめた。
その日引ける一本だけを引く。明日は明日引く。昨日の線は昨日のものだ。今日の線だけが、今日ある。
一本の線がつながらなくてもよかった。頁は線で埋まっていく。夫の白紙が、わたしの線で埋まっていく。
男がまた来る。頁を見る。何も言わない。一枚、持って帰る。
翌週、客を一人連れてくる。若い女だ。女は頁の前に長くいた。
一本引くと、男が一人連れてくる。また一本引く。また一人来る。画廊の壁に、頁が並びはじめる。
春、画廊に外国人が来たと男が言う。頁の写真を撮って帰ったという。海の向こうの雑誌に載るかもしれないと言う。
わたしは筆を止めない。今日の一本を引く。
夫のスケッチブックの最後の頁が、線で埋まった。夫の白紙ではなくなった。わたしの絵になった。
夫が描かなかった一枚を、わたしが描いた。画伯の妻ではない。白石多惠の絵だ。
新しいスケッチブックを買った。一頁目を開く。白紙だ。
老眼鏡をかける。万年筆にインクを足す。手が震える。今日の一本を引く。
つづきは、明日引く。

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