見出し画像

【エッセイ】その概念が、変わりつつある。買い物かごの中身

近頃のスーパーマーケットへ足を踏み入れると、なんとも形容しがたい徒労感に襲われる。かつては冷蔵庫の中身を埋めることなど、さしたる苦労でもなかった。ところが今はどうだ。値札を見つめるその顔は、まるで国家の存亡を案ずる政治家か、あるいは深淵を覗き込む哲学者か。

以前は、夕食の献立というものは、その時の気分で決まった。今夜はステーキにしようか、あるいは少し気取ってシチューにするか。実に自由闊達な生活であった。しかし、昨今の物価高とやらによって、私の食卓における主導権は完全に食材の価格へと移行してしまった。棚に並ぶ肉を眺めながら、「お前は、今夜の私の晩餐にふさわしい価格か?」と自問自答する。まるで身元調査でもしているような気分だ。

私の買い物カゴは、昔に比べると実に奥ゆかしくなった。かつては華やかだったその中身も、今や質素を絵に描いたような顔ぶれである。しかし、案ずることはない。これも一つの実験である。いかに限られた資源で、いかに高潔な精神を保ちつつ、腹を満たすか。そう考えると、毎日の食材選びも悪くない。むしろ、人生という名の荒波を乗りこなす航海術に似ている。

レジに並ぶとき、私は自分のカゴの中身を点検する。特売の野菜と、見切り品の豆腐。なるほど、これぞ現代人の生存戦略である。世間は「物価高」と騒ぎ立てるが、私はこの状況を、どこか滑稽な芝居として楽しむことにした。舞台装置はスーパー、小道具は値札、脚本は私の経済観念。これらすべてを駆使して、今日もまた、鉄鍋という名の深淵に向かって料理を始めるのだ。

結局のところ、腹が満たされ、魂が納得していれば、それが「幸せ」というものだろう。安物だろうが何だろうが、自分で選んで調理したという事実に、私はささやかな満足を覚えている。さあ、今夜は何を作ろうか。冷蔵庫の余りものたちが、私の帰りを待っている。


いいなと思ったら応援しよう!

LaLaLa はぁ、はぁ……っ! お願い、です……! 『怪獣の腹の中で』を……どうしても、私の手で「紙の本」にしたいんです……っ! あなたの、そのサポートが……本の、一ページに、なります……っ。 はぁ……応援、してくれませんか……っ?

この記事が参加している募集