欅坂46のドキュメンタリーをまた見た件。
欅坂のドキュメンタリーを1,2年ぶりに見た。映画館で5回ぐらい見て、ブルーレイでも5回ぐらい見てる。
自称欅坂の疑問について一番語れるオタクというのをやってるし、たぶん人生で一番語れる分野はいまだに欅坂ではないか、、(この6年何してた、、?)
しかし記憶は劣化していくのでちゃんと文字にしておこう。。。
今更新しい視点とかもはやあんまないのだが、東京ドームから紅白にかける平手のシーン。当初はメンタル的なもので嫌がっていた面があると思ってみていたのだが、明らかに肩で呼吸してて、明らかに過呼吸気味だし、運ばれてるし、こんなのでやらせてたんだなっていうのを改めて実感してしまった。腰の怪我だったりと当時怪我がちでそれが原因でライブ欠席などしていたのでそれがメインだと思ってたんだが、それ以上にメンタルが行っちゃっててそれが体に来てるんじゃねっていうのを思わされるシーン。点滴とか打ってたらしいしね。なんで不協和音とかパフォーマンスどころじゃないっていう表情に見えてきてしまった。
でそれが揺らぐのも仕方なくて、角を曲がるではそれが感じられないんだよな。最後の笑顔で終わるシーン、ライブを見た当時もつぶやいたがほんとに消えていなくなりそうなそんな表情で、ほんとに消えてなくなってしまった。。。
最近、言語化できたことだが平手の才能というのはパフォーマンス時における自我の軽さだと思ってる。つまり、自分の人格を置いて、100%パフォーマンスすることに身体を預けることができる。だからこそ、曲とパフォーマンスのシンクロ度が高い人の心を揺さぶれたんだろうと思う。
だから人間味が薄くて神格化しやすいんだよね。
話がとびとびになるが、欅坂46のターニングポイントは明らかに2017年であろう。
2016年のデビューライブで納得していたら泣けるという独特な感覚を教えてくれた当時15歳の平手だが、2017年の欅共和国にてそれが達成された。と思わされるようなインタビューがあった。(出典覚えてない。)とにかくみんなありがとうモードだったらしい。
つまるところ2017に納得できるパフォーマンスができてたどり着いてしまったというのが自分の見立てで、そこからロッキン(未納得)→真っ白欠席につながっていくと見ている。
推測でしかないが(本人が語りやがらないので)、人生って足りないものを埋めていく作業だと思うことが自分はよくある。それが平手の中で埋まってしまったとき、満足しちゃったんだと思う。熱というかやってやるみたいなエンジンが壊れたんじゃないかと思ってる。(真っ白和音を早く見せろボケ。)→ちなみにインタビューでは自分がやりたいのと違うなど語ってもいたはず。
そこからほぼアイドル的な笑顔はなくなり、MCをこれ以降まったくやらなくなり、2018年の風に吹かれても、の全く笑わねえ事件。紅白の過呼吸。そこで一旦グループを離れる宣言という流れ。
あと平手は千秋楽だけ調子いいというのがあったが、これは慣れの要素がでかいんじゃないかと思ってる。2019のアニラがわかりやすく、大阪では千秋楽完ぺきだったが、初日はひどかったらしい。一方、武道館は割と初日からできていた。が、千秋楽調子よくなかったらしい(チケット当たってない)、その日は黒い羊が唯一ライブで披露された日であったからだと推測できる。その黒い羊は圧巻であったため、その分、前の曲に入り込めてなかったのだろう、これが自分が言った平手の才能のトリックで器に入り込む才能はあるが、入り込んだら別のが出て行ってしまう。ノンフィクションやったときも他のがひどかったのこれはの方程式で説明できる。
だから平手の才能というのは、シンクロ率120%にできることである。
今活動していて迷走している、またはアニメ歌手になってしまっているが、これは0-1の根幹の部分が全く定まっていないため起こっている。
欅坂46で平手が才能を発揮できたのは誰よりも欅坂46一番の信者であったから。誰よりも秋元康が生み出した僕というのを解釈して、表現して見せた。それが正解になってしまうほどであったため、欅坂は平手をセンターにするしかなかったし、改名するしかなかった。
今、信仰できる対象はなく、テクニックで仕事してるとしか思えない。平手から衝動をあまり感じない。
欅坂46が埋めていた穴を埋めてくれる存在はないが、その葛藤を衝動にしていくしかない。恋愛なんかで埋め合わせてんじゃねえよ。
自分のあの頃、なりたかった自分になれているか、というときに差すあの頃は欅坂にハマって尖りまくっていた高校生のときの自分を差す。まだまだこんなもんじゃないだろうとあがきたくなった。
欅坂46とはいまだにそういう存在。平手も頑張ってくれると嬉しいし、この衝動をいつまでもどれだけ大人になって成長しても大切にしたい。
黒い羊で使われる彼岸花って花言葉とかは置いとくけど、あれは魂だと思うんだよ。自分が生きている意味ともいえるし、自分が自分である理由ともいえると思う。(MVで叫んでるワードは今のところ歌詞の意味合い的にも「僕だけじゃない」が一番しっくり来てる。)
映画の見せ方としても武道館でのパフォーマンスにおける彼岸花は明らかに欅坂46本体である。小林の手が震えているのはほんとにすごいが、そういうことにしか見えないんだよな。
僕が僕であることを抗ったすえに手放すこと、手放さざるを得ないことを知ることで、人は成長し、またその穴を埋めるために動ける。また一歩進む衝動を。
