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休めない身体は、飛び続ける翼に似ている


── 降りる場所を忘れた身体の話


飛び続ける翼は、
一見、自由に見える。

高く、どこまでも遠くへと行ける。
風を切り、優雅に空を進む。

けれど、
降りる場所を見失った翼は、
休むことができない。

そして、鳥が翼を動かして飛ぶことは、
実は、飛ぶことは命を削るほどハードだ。



休めない身体も、同じだ。

緊張が抜けず、
力が抜けず、
眠っても回復しない。

それは、心と体が
弱っているからではない。

ずっと飛び続けているからだ。

休まらないまま、休んでいるだけだ。

それが、
休んでも、休まらない理由だ。



身体とは、本来、
自分と他人との境界であり
動いて整うためにあるのと同時に、
休むためにもできている。

動かすことで整うけど、
それは休んでいる間に行われる。


着地があるから、
また飛べる。


沈むから、
浮かび上がれる。

吐くから吸える、呼吸のように。


でも多くの人は、
止まる=落ちる
と勘違いし恐怖している。



休めない身体は、
とってもがんばり屋だ。

環境に適応し、期待に応え、
◯◯ねば、◯◯べきを信条にして
無理を飲み込んできた。


だからこそ、
休み方を忘れてしまったのだ。

暴走した翼は、いったん畳むしかない。




回復とは、
治すことではない。

降りる場所を思い出すこと。

深く息を吐き、
体重を預け、
“今ここ”に戻ること。

翼は、
飛び続けるためではなく、
行きたいときに飛ぶためにある。

それが、自由の翼 たる所以なのだから。



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