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自分に光を当ててみる ──真っ暗な映写会でみえてきたもの。



「これから悔やまれるシーンを流します。
嫌だった場面がたくさん出てきます。」


えええええー!!!


昔の映写機のように
カタカタと音を立てながら、目の前に白黒の映像が映し出されていた。




真っ暗闇の中でひとり
自分の人生を振り返ることになった。

それも楽しかったことや幸せな記憶ではなく
嫌だったこと、怒り狂ったこと、思い出したくない場面ばかり。


上映が始まると
なぜか目を瞑ることができないので
嫌々ながらもその映像を見ることになった。


もう苦しくて苦しくて。
無理無理無理無理ー!と声をあげても
映像は止まらない。


長い時間なんとか見終えてぐったりしていると

「今からもう戻ることはできません。
さぁあなたには、まだまだこれだけの課題が残っているのです。」

「それではもう一度、人間界へ旅に出てください。」



えええええー!!!
嫌だよ嫌だよー




そこで私はハッと我に返った。







それ以来私は

あの映像を見させられるくらいなら今整理しよう、
またやり直しとか、また同じような苦い経験を次もさせるわけにはいかない
と、なんだか今までの弱々しい自分とは少し違う、何かがふつふつと湧きはじめるようなそんな感じを覚えはじめた。



後回しにしたり、見えなくしていても
結局どこかで見ることになる。
それは今世じゃなく来世かもしれない。
それは来世の自分に申し訳ない。


持ち越しは嫌だ。
もう同じ経験はしたくない。

経験をただの出来事から
学びや気づきのキッカケにかえていったのは
この時から始まったような気がする。



そして私は嫌な出来事が起こるからくりを観察しはじめた。

あの映写機で見させられたように
自分の中で同じように再現をする。

今世でできること、
今できることは今やろう。





するとある時、またあの声が聞こえてきて
真っ暗闇での映写会が始まった。


─ここでは目を瞑ることはできません。
その代わり素直な眼差しでみることができます─




上映が始まると
言われた通りやはり目を瞑ることができない。
嫌々ながらもその映像を見ることになった。


あーこれか。この時かぁ。
確か相当嫌だったなぁ。あの人の言葉最悪!って毎日泣いてたなぁと少し思い出すものの
嫌いだったはずのあの人の姿が、なぜかぼやけていく。


それとは反対に、その時の私がとてもハッキリ色濃くみえるのだ。

相手ではなく私にスポットライトが当たり始めたことに気がついた。


しばらくみていると
ん?私、なんか顔怖くない?戦闘モード?

それに、私も結構嫌味なこと言ってない?

なんか、
相手の世界に入り込んでいる気もする。

それに、
「認められたい」って顔をしているような気もする。



あの時はこんなこと感じもしなかったのに。



まるで私の嫌だった記憶が反転するかと思うほど私自身の嫌な面、目を瞑りたくなるような映像がどんどん映し出されていく。

するとだんだん
この時の私って必死だったな
いつも急ぎ足だったな


寝る時間なかったな
ちゃんと食べてなかったよね

自分に雑だったなぁ

と思い出しはじめた。



自分の怒りや不安や恐れの反対側で起きていた「自分の状態」がなんとなくみえてきた。


最初に言われた通り、素直な眼差しでみていたからかもしれない。
その時みえなかったことが、みえてきた。


もしかして、目の前に嫌な人が現れていたのって、私がイライラトゲトゲしていたから?

そのイライラトゲトゲしてた原因って、自分を粗末に扱っていたから?


本当に苛立っていた相手は、雑に扱っていた自分自身だったんじゃない?

みてほしかったのは自分自身だったんじゃない?


この映像みたいに、無意識に自分にスポットライトを当てたくて必死だったんじゃないかな。


いろんなことに気づきはじめ、自分に乱暴だったことを思い出した。
その時、胸の奥の方がズキンッとうなった気がした。




少しの静寂のあと、

「どうですか?」と声がした。


「正直、嫌な記憶ばかりでした。

でも、私もそこそこ嫌なやつでした。

そして何より、自分に乱暴でした。

自分の扱いが雑でした。」


そう言うと

「今からもう戻ることはできません。」


「別に自分を責めたりする必要はないのです。
ただ、誰かを責める前に、自分を大切にしてあげていたら起こらなかった出来事かもしれませんね」


「さぁ今の学習を踏まえて、もう一度人間界へ旅に出てください。」

えええええー!!!またー?!?!
嫌だよ嫌だよー




「今見たときのように、
素直な眼差しを大切にしていれば、もう大丈夫です。」



そう言って、その声はヒュルンっと姿を消した。




そこで私はハッと我に返った。


もう二度も映像を見させられてこりごりな私。

それ以来私は

(あの映像を見させられるくらいなら)
という思いが
後回しにする癖を少しずつなくしていった。


見たくないものに蓋をしなくなった。

嫌なものほど、自分に大切なことを教えてくれている。
嫌なものほど、隠し続けたら重くなる。

私が長いこと縛られていた
誰かのせいにしたり、出来事のせいにしたりする癖。
その癖もいつの間にか薄れていった。



「私は不幸ばかりがつきまとう」
そう自信満々に言っていた自分に
本当のサヨナラができた気がしている。




もちろん今も時々ある。
怒りや苛立ち。

ムキっと歯を剥き出してしまうこともある。




だけど、そうなったら一旦立ち止まる。

そんな時はだいたい、素直な眼差しを見失っている。

落ち着いて、素直な眼差しが戻ったら、自分の中の映写機を回し始める。

案外、自分が無意識にやっている関わり方や立ち位置が、その人との関係に影響を与えていたりする。



素直な眼差しは、そんなこともそっと見せてくれる。






誰かや何かを追って、そこばかりに光を当ててしまっているとき、

きっと私の眼はくすんでいる。



自分をちゃんとみてあげていると、

光は自分に戻り、素直な眼でいられる。



素直な眼を大切にしていれば
世の中はそんなに苦しむためだけの世界ではないと気づけてくる。


「素直な眼」。
今日も大切にしていたい。



素直な眼でいられるようになった今は、不思議なくらい物事がスムーズに流れているように感じます。


必死だったあの頃に見ていたモノクロの景色とは違い、今では色濃い景色がはっきりとみえています。


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