医療系国家資格者が語る弓道理論のベース / 身体の仕組みから見る正しい射形とは?
前回の記事では丹田について投稿させていただきました。今回は後編の「呼吸」についてです。弓道で呼吸を意識するのはなぜでしょうか?
よくある答えとしては「心を静めて集中を高めるため」「同じリズムで引くため」「射形を安定させるため」などがあります。もちろん正解です。ただ、私の大学時代でも、的中率が高い選手の中には呼吸をあまり強く意識していない人もいました。私自身も選手時代は、呼吸よりも引分け・会・離れといった局面に意識を集中していたと思います。
それでもなぜ今回「呼吸」をテーマに取り上げるのか。それは、呼吸を意識することで骨で引けるようになるからです。
呼吸の仕組み
呼吸は自律神経によって自動的に調整されています。その調節を担うのが脳幹の延髄です。延髄には「呼吸中枢」「循環中枢」などがあり、呼吸運動・心拍数・嚥下・咳・嘔吐など生命維持に欠かせない反射を司ります。
吸気(息を吸う):横隔膜や外肋間筋の収縮で行われ、随意的にコントロール可能。
呼気(息を吐く):基本的には受動的に起こりますが、腹筋や内肋間筋を使えば随意的に強く吐き出すことも可能です。また肺が過度に膨張すると、“ヘーリング=ブロイエル反射”が働き、迷走神経を介して吸気が抑制され、呼気が促されます。
この仕組みがうまく働かない例として、急性アルコール中毒や過換気症候群(パニック発作の一部)があります。吸気が過剰になり呼気が不十分になると、呼吸リズムが乱れてしまうのです。
つまり呼吸には「意識して操作できる部分」と「反射で自動的に調整される部分」が共存しています。この二面性こそ、弓道における「骨で引く」感覚につながる鍵です。
なぜ呼吸を意識すると骨で引けるのか?
端的に言えば、呼吸を意識することで胸椎をうまく使えるからです。つまり「胸を張れる」からです。
弓道で「胸を張れ」とよく言われますが、ここでいう胸を張るとは腰を反らすこと(反り腰)ではありません。医学的に言えば、胸椎の伸展(背中をまっすぐに伸ばす動き)を意味します。反り腰で腰椎ばかりを反らすと脊柱起立筋の緊張が強まり、広背筋の働きが妨げられ、結果として腕だけで引く形になってしまいます。
胸椎の伸展と射形の安定
胸椎は12個の椎骨からなり、猫背が強くなると後弯が増し、伸展が制限されます。その結果、肩関節の可動域が狭まり、いわゆる「万歳動作」が途中で止まります。臨床的にも、この状態で無理に動かすと肩インピンジメント症候群や腱板損傷につながることが知られています。

逆に胸椎がしっかり伸展すると、肩甲骨が自然に下制・外転し、広背筋・大円筋など背部の大筋群がスムーズに活動します。結果として「腕の力」ではなく「骨格を介した力」で弓を引けるのです。
呼吸が胸椎伸展を導く理由
呼吸は胸郭の動きと密接に関わります。吸気時には横隔膜が収縮し、肋骨が外旋して胸郭が拡張します。このとき胸椎は自然に伸展方向に働き、姿勢が立ちやすくなります。
弓道の動作に重ねると:
打起し:吸気とともに胸椎が伸び、両腕が45度に上がる
大三:吸気を続けることで胸椎がさらに伸展し、肩甲骨が安定
引分け:目通り付近で吸気が限界に達し、反射的に呼気が始まる
会〜離れ:呼気に切り替わることで腹圧が高まり、丹田への意識が強まり、両肘が沈む
弓道はランニングや格闘技のように呼吸数が大きく乱れる競技ではありません。強度としては低めの有酸素活動に近く、姿勢保持の側面が大きいため、吸気と胸椎伸展を同期させることが「骨で引く」ための鍵となります。
呼吸のイメージ
呼吸は基本的に鼻から吸って鼻から吐きます。吐くといっても「フッ!」と強く出すのではなく、「スーッ」と静かに抜けていく感覚です。私は指導の際、吐くことは反射で勝手にするので、まず「しっかり吸う」ことを意識させます。
例えとしては『鬼滅の刃』が分かりやすいでしょう。主人公が「全集中の呼吸 常中」を会得した中盤では、常に全集中の呼吸状態で戦えるようになります。弓道も同じで、最初は意識的に呼吸を学びますが、やがて自然にできるようになり、それが射の安定につながります。射の安定ができると的中率も上がります。ただし、生徒は忘れやすいので調子が崩れているときには再び呼吸を意識させることが非常に有効です。
私自身の指導では、「みぞおちを前方45度に突き上げるイメージ」を伝えています。こうすることで胸椎が自然に伸び、背中の筋肉と骨格を活かした「骨で引く」動きが実現しやすくなります。
おさらい
骨で引くためには肩甲骨や腕の骨だけではなく背骨を意識することが重要です。背骨を意識することで肩甲骨や上腕骨が自然に連動し、無駄のない射になります。そのためには呼吸/丹田を意識して稽古することが欠かせません。
豆知識:脊椎動物の進化と背骨
「骨で引く」というと肩甲骨や上腕骨をイメージする人も多いですが、実は背骨(脊柱)を意識することが本質です。背骨を中心に据えることで他の骨格が自然に連動し、力が無駄なく伝わります。
これは生理学的にだけでなく、発生学・進化学的にも裏付けられます。人間は脊椎動物であり、進化のルーツをたどれば魚類に行き着きます。魚は背骨を軸に体全体をくねらせて推進力を得ます。ヒレだけを動かしても水中では前に進めません。

一方、進化の初期に存在した「ウミヘビのように細長い形をした原始的な脊椎動物」は、ヒレを持たず推進力が弱かったため、広い水域を泳ぐことはできず、岩陰などで活動していました。背骨を軸に体を動かせなければ、生存すら困難だったのです。
弓道に置き換えると…
腕や肩の筋肉だけで弓を引こうとするのは、「ヒレだけを動かして泳ごうとする魚」や「推進力を持たない原始的な脊椎動物」と同じです。効率が悪く、力も伝わりません。
正しい射とは、呼吸を通じて背骨を意識し、全身を連動させること。これにより肩甲骨や上腕骨が自然に働き、無駄のない「骨で引く」射が可能になります。
そして、この射を安定させるために欠かせない最後のテーマが「重心」です。次回はその重心について詳しく解説します。
おわりに
この記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
このnoteでは、私自身の経験や、実際に指導している生徒からの疑問をもとに記事を書いていきます。
弓道の知識に加えて、医療系国家資格者としての視点を交えながら、皆さまの弓道人生に少しでも役立つ情報をお届けできればと思っています。
「こんなテーマを取り上げてほしい」「図や写真があると分かりやすい」といったご要望がありましたら、ぜひコメントでお知らせください。
次回は、3つ目のポイントの後編である「重心」について書きたいと思います。
