【PREP研究評】教育におけるAI:一部の人々の特権か、それともすべての人の機会か?【Jaime Saavedra etc..】
読書の世界をもっと楽しみたい、でも何を読めばいいのかわからない――そんなあなたのために、「PREP研究評」をご提供します。
この企画では、私が読んで勉強になった研究の概要やポイントをわかりやすく紹介し、皆さんの読書、noteやブログの執筆に役立ててもらうことを目指しています。
具体的には、PREP手法(Point(主張)・Reason(理由)・Example(具体例)・Point(再主張))を使って、研究の魅力を分かりやすくお伝えします。
今回ご紹介するのは、Jaime Saavedra etc......さんの『教育におけるAI:一部の人々の特権か、それともすべての人の機会か?(AI in Education: A Privilege for the Few or an Opportunity for All?)』です。
ここからは、私が読んで感じた学びや気づきを交えつつ、PREP手法で整理していきますね。
■Point(主張)
「AIの導入は教育格差を拡大するリスクと、大きく飛躍させるチャンスを同時に抱えている」
AIを活用できる人とできない人の差が、そのまま「学びの格差」につながる危険性がある、というのがこの研究の主張です。
例えば、都市部の私立校などインフラが整っている場所では、AIチャットボットと討論しながらシェイクスピアを学習するようなことが当たり前になりつつあります。
一方、電気やインターネットが通じない農村部や低所得地域では、AIの恩恵どころか、スマホすらままならないケースも少なくありません。
その結果、同じ国の中でも「学力向上にAIを取り入れて更に学力に磨きをかける子どもたち」と、「AIを経験する機会を持たない子どもたち」に大きく分断される恐れがあるわけです。
とはいえ、AIは決して「特権階級だけが使うツール」で終わらせてはいけない強力な学習補助ツールでもあります。
適切な導入と指導があれば、一人ひとりの能力や進度に合わせた学習を実現できる可能性を秘めている、とこの研究は強調しています。
■Reason(理由)
「教師のデジタルリテラシー・インフラ整備・効果的なAI活用指導が不可欠だから」
この研究では、AIをめぐる学習者を大きく3タイプに分けています。
1つ目は「AIを創造的に使いこなす学生(AI-Empowered)」。
リマや東京など、テクノロジーが充実した環境で教師もデジタルリテラシーが高い場合、AIは知的パートナーとして活躍し、批判的思考力や探究心を伸ばす助けになります。
2つ目は「AIを単なる“宿題ロボ”として使う学生(AI-Dependent)」。
AI自体にはアクセスできるものの、宿題やレポートをAIに丸投げして学習の本質を身につけないまま依存することで、結果として思考力や創造性の向上が妨げられてしまいます。
3つ目は「AIに触れることさえ難しい学生(AI-Excluded)」。
電気や通信環境が不十分であったり、そもそもデバイスを持つ手段がない地域です。
途上国ではこのグループが最も大きいのが現状で、「AI」以前に、教師側も基本的なICT(情報通信技術)を活用できない例が多々あります。
要は、世界の教育現場は「既にAIを巧みに使う人」「AIを使える環境にあるのに活かし方が分からない人」「物理的に使えない人」という3層構造になっているわけです。
この格差を解消するには、通信インフラや機器の整備等の環境面だけでなく、教師のデジタルリテラシー向上と、AIをどう指導に活かすかのノウハウが欠かせないのだと実感しました。
■Example(具体例)
「ペルーのリマとカハマルカ、そして世界銀行の取り組み」
この本で最も印象的だったのは、ペルー国内でも「リマの私立校」と「カハマルカの農村地域にある学校」の間にある鮮明な落差の描写です。
リマの私立校では、すでに授業の中でAIチャットボットとのディスカッションを行い、シェイクスピアの作品や歴史、哲学などを深堀りしています。
一方、カハマルカの学校では、電気すら十分に行き渡らない地域がある現実があります。
つまり、同じ国の中に「AIを活用した先進的な教育」と「AI以前に基本インフラが足りない環境」共存しているわけです。
こうしたギャップを解消するために、世界銀行(World Bank)は以下の3点を重要視しています。
1)教師のデジタルリテラシー向上とAI研修(日本やルクセンブルクだけでなく、ナイジェリア、ブラジル、南アフリカなどの途上国でも進行中)。
2)高品質な通信やデバイスなど、学習の基盤となるインフラ整備
3)AIを前提にしたカリキュラムづくりと研究への投資(中国やインド、フィンランド、シンガポールではすでに大きな枠組みが整備されている)。
私自身、この事例を知って「AIで世界中の教育レベルが上げられると考えていましたが、現実にはまず電気とネットが必要だよな…」と、当たり前のようで忘れがちな前提条件に改めて思い至りました。
教師がAIを活かすには、そもそも教師自身がAIとICTを理解して、活用できる環境が不可欠。
そして、そのICTの環境作りは国や地域が協力して進めなければいけないんだなと実感しました。
■Point(再主張)
「AI時代の教育を少数の人の特権で終わらせるか、普遍的な機会に変えるかは、今の私たちの選択次第」
AIの可能性自体はとても大きいものがあります。
一人ひとりに合わせた学習プランや教材作成の補助など、活かし方次第で教育が飛躍的に進化するはずです。
しかし、そのカギを握るのは「きちんとしたインフラの整備」「教師の育成とキャリア形成の価値向上」などが必要です。
この本を読んでから、私自身も「AIを導入すればすべて解決!」という安易な考えがいかに危ういかを痛感しました。
むしろ、AI活用を通じて「教師の存在意義」や「学ぶことの意味」がもっと深まる可能性があると感じたんです。
つまり、テクノロジーが一方的に教育を飲み込むのではなく、人間が主体となってAIを取り入れ、学習をより豊かにしていくアプローチこそ必要ではないでしょうか。
私がこの本を読んで得た最大の学びは、「技術格差」だけでなく「指導力格差」を含めた複合的な課題を意識することで、初めてAI時代の教育を“みんなのもの”にできるということでした。
きゅうさんの本棚:さらに研究に興味をお持ちの方へ
この記事をお読みいただき、さらに『教育におけるAI:一部の人々の特権か、それともすべての人の機会か?(AI in Education: A Privilege for the Few or an Opportunity for All?)』に興味をお持ちになった方は、下記のリンクより原文を見てみてください。
きっと理解が一層深まることでしょう。
