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人生ここぞの時には博打を打つのもアリだと思う

32歳で結婚した。
夫は36歳だった。
既にお互いにいい歳だったため、子供を考えるなら早い方がいいと思っていた。

私は昔から普通に自分は子供を産むものだと思っていたし、夫はいつか息子とキャッチボールをするのが夢なんだ、などとベタベタの夢を語っていた。

ところが結婚直後に夫が精神を病み仕事が続けられなくなった。
こうなると子供が欲しいなどと言っている場合ではなくなる。

夫の精神状態は長い時間をかけて本当に少しずつ回復していったのだが、どうしても何度挑戦しても働くことが出来ない。

私たちはお互いに子供の話をするのを避けるようになっていた。
いつしか考えることもやめていた。
私にとってそれは眩しすぎる夢、どんなに手を伸ばしても決して届かない遠い場所にある幸福だった。

一年一年歳をとっていく。
時々発作のように襲ってくる焦燥感。

そんな中、私たちより遅く結婚した夫の妹が妊娠したと聞いた。
私は素直に喜べなかった。
夫は無邪気に喜んでいた。
無邪気に喜ぶ夫の姿を見て何とも言えない怒りを感じた。

なぜ妹のことを祝えないのかと不機嫌になる夫と、私は大喧嘩をした。
大喧嘩の末に、これまで蓋をしてきた「子供が欲しい」という気持ちとようやく初めて正面から向き合った。

夫もそうだった。
働けない自分が子供を望んでいるなんて、口が裂けても言えない。
夫はおそらく私以上に自分の気持ちから目を背けていたに違いない。
自分にはそんな夢を見る資格などないと。

当時私は夫の地元で契約社員として働き始めたばかり。
収入も安定しておらず、夫の両親に様々なサポートを受けている身。

しかし、もし子供を望むのであれば悠長にしている時間はなかった。
子供を産んだ後にでも、環境は整えられるし、収入は増やせる可能性がある。
しかし、環境が整うのを待っていては、子供を望めなくなるかもしれない。

夫の両親には内緒で不妊治療で有名な病院へ通った。
夫の病気のこともあり、私たちは自然妊娠を待つよりも、人工授精を選択した。

初めての人工授精の日のことはよく覚えている。

どうせ子供を授かるには長い長い時間がかかるに違いない。
どんなに長い時間がかかっても授からない可能性だってある。

私はこれから私たち夫婦が歩むことになる長く険しい道のりを想像し、結果に一喜一憂すまいぞと固く心に誓った。

その一か月後、
妊娠しています。先生にそう告げられて、喜びよりもまず困惑したのを覚えている。

え?嘘。2年かかるはずでは?!(漠然とそのくらいの長期戦を想定していた)

実感の伴わないまま、中待合室で待っていた夫に妊娠してたと伝えた。
直後、夫が顔をくしゃくしゃにして号泣した。
あまりの泣きっぷりに看護師さんたちが思わず笑ってしまっていた。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
そう言って顔を洗いに行く夫の背中を見て、私もやっと、泣いた。

あの時の夫の涙は、今後夫に関する大抵のことは許せるだろう思えるほど私にとって嬉しいものだった。

こうして、働けない夫と契約社員の妻の間に子供ができた。
正直、夫の両親に妊娠したことを告げるのが一番怖かった。
一瞬でも喜び以外の表情を浮かべられたら、そのことを私は一生引きずるだろうと思えた。

しかし内心葛藤や心配はあっただろうが、そんな顔は一切見せず夫の両親は私たちを祝福してくれた。
夫の祖母は私に、ありがとう、ありがとうねと言いながら手を握った。
もちろん、私の両親の喜びようときたら飛び上がらんばかりであった。

赤ちゃんは生まれてくる前はお空の上にいて、自分でお母さんとお父さんを選んでいるんだよ。

なんてメルヘン、本気で信じちゃいないけど、なんとなく息子はずっと私たち夫婦の決断を今か今かと待っていたような気はする。

それで、あの瞬間「今だっ!」と猛ダッシュで私のお腹に飛び込んだのではないか。
もちろん本気でそういうことが起きたんだって信じているわけではなく、あくまで感覚の話。

産まれてきた息子はダウン症を持っていた。
産み月には私は35歳という高齢出産のカテゴリーだったため、出生前診断をするか確認されたが、夫も私も首を振った。
どうせ産む以外の選択は私たちには出来ないだろうからという理由だった。

「息子はさ、私たちに何かお土産をもっていこうとして慌てて染色体1本多めに持参してきたんじゃない?」
息子が寝た後、私たちはそんな話を時々して笑っている。
「そのお土産別にいらんかったけど、まあ息子が持ってきたもんならありがたく頂戴するしかないね」
なんて言って。

思いもよらずスムーズすぎる妊娠だったが、ギリギリ産休が使えるタイミング(就職して1年未満は産休を取得できない)だったことも、息子の粋な計らいだったのかもしれない。

ちなみに、息子が生まれてから私達はやたらとコンビニのクジで当たりを引くようになり、しばらく息子は福太郎と呼んで可愛がられていた。

育休復帰後、私は契約社員から無事正社員登用に漕ぎつけ、最近ちょっと昇格もした。
夫は主夫として毎日育児に奮闘している。

私たちがあれこれ悩んだり葛藤している間に世間ではいつの間にか「主夫」がそれほど珍しいものではなくなってきている。

私たちはあの頃想像していた以上の未来を生きている。

あの時思い切って良かった。
長い人生、自分を信じてここぞという時には博打を打つことがあってもいい。

博打を打ったあとはその結果がどうであれ、日常を大切に一生懸命生きていくのみだ。


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