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【雨季の宿】第十三章🌦️エピローグ

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第十三章🌦️エピローグ

五人目の子どもが生まれたとき、季節はちょうど雨季の重苦しい入口に差しかかっていた。

空気は水を吸ったスポンジのように重く、鉛色の空はひどく低く垂れ込め、目に映るすべてのものが不快な湿り気を帯びていた。

すべてを腐らせ、同時に狂ったように芽吹かせる、この土地特有の濃密な季節だ。

宿のおやじは、その頃にはもう、宿の仕事には一切手を出していなかった。

定位置である入口の薄暗い脇の椅子に座り、安煙草をくゆらせ、時折、泥まみれで走り回る子どもたちを無表情に眺めている。  

それだけだ。

そして、ある日、本当に何の前触れもなく言った。  

宿は、娘に任せる。  自分はもう引退する。

ひどく短い言葉だった。  理由も説明も、いっさいない。  

だが、それで十分だった。 誰も驚かない。

むしろ、とっくにそうなるべきだったと、皆が当然のように受け止めた。

娘は、ただ無言で一度だけ深く頷いた。

あの女だ。  いまでは、彼女がこの宿のすべてを回している。  

客の出入り。 食料の調達。 部屋の管理。 日雇いの人間の配置。  

かつて夜の部屋で見せていた女の顔はとうに消え失せ、その動きと判断には、もはや一片の迷いも隙もない。

おやじは、その日から、さらに静かな存在になった。  仕事は一切しない。

ただ、自分の血を引く孫たちのそばにいる。  

泣き叫ぶ赤子を抱き上げる。 あやす。 皺だらけの顔を崩して笑う。  

それだけで、彼の一日は満ち足りて終わる。  余生。  

それが正当な余生であることを、この町で疑う者はもう誰もいない。

わたしは、変わらず働いている。  朝から晩まで。  

宿の力仕事。 郊外の過酷な土方の仕事。  

肉体は、もう完全にこの土地の労働に馴染みきっている。  

指示されなくとも迷いなく動く。 

余計なことを一切考えずに、ただ筋肉の収縮と反復だけで働くことができる。

そして…

わたしは、いまだに、ただの一バーツも受け取っていない。

一度も、だ。  要求したこともない。  

その必要が、まったくないからだ。

金は、すべて女が管理している。  

宿の収入も。 わたしの外での稼ぎも。 支出も。そのすべてを。  

わたしは、それに関与しない。 関与する理由もない。

最初の頃は、違った。  熱病から立ち直った直後は、計算もした。  

バンコクに戻ること。 元の場所へ。 元の自分へ。  

そのためには、どうしても現金が必要だ。 だから、働く。

その理屈で身体を動かしていた。

だが、いまは違う。  

自分の手のひらに「自由になる金」を握った瞬間、何が起きるかは、わたし自身が一番よく分かっているのだ。

わたしは、必ずここを出る。  出なければならなくなる。  

それは、理性的な選択ではなく、もはや逃亡者の反射に近い。

金があれば、パスポートの再発行を試み、バンコクへ戻り、そしてまたあの虚無の中へ堕ちていくだろう。

だから…

金は、いらない。  正確に言えば、決して「欲してはいけない」のだ。

自分の足首を鎖でつないでおく。

この無一文の絶対的な従属状態こそが、わたしの精神を最も安定させている。  

ここにいられる。 この泥の中に根を張ることを許されている。  

それだけでいい。

わたしは、その倒錯した真実を完全に理解している。  

女もまた、それを冷徹に理解している。  

だから、彼女は決してわたしに金を渡さないし、わたしも絶対に求めない。

その歪んだ、しかし強固な共犯関係によって、わたしたちの均衡は完璧に保たれているのだ。

子どもたちは、増える。  泥だらけの足を滑らせて走る。 転ぶ。

火がついたように泣く。 甲高い声で笑う。  

その騒々しいすべての瞬間が、わたしの日常になる。

わたしは、それを見ている。  時に、重くなった身体を抱き上げる。  

現地の発音で、名前を呼ぶ。  言葉は、もう不自由ではない。

ここでの言葉が、いつの間にかわたしの思考の言葉になっている。

バンコクは、遠い。  地図の上の物理的な距離としてではない。

感覚として、だ。  

ふとした拍子に思い出すことはある。

スクンビットの夜のネオン。 安宿の天井。  

だが、それはもう、現実ではない。 過去ですらない。  

ただの、像だ。

熱帯夜の夢の残滓のような、曖昧で、まったく手触りのない幻影。

やがて、雨が本格的に降り始める。  強い雨だ。  

トタン屋根を暴力的に叩き、空気の隙間をすべて水の匂いで満たしていく。

夜になると、その雨音はさらに濃く、世界を閉ざすように大きくなる。

そして…

その雨音の底に、あの独特の音が混じる。

 ……トッケー。

乾いた、不気味なほど規則的な鳴き声。  

どこからともなく、雨のカーテンを突き抜けて低く響いてくる。  

わたしは、薄暗い部屋の竹の床に寝転がり、それを聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。

あの夜を、思い出すこともある。  銃声の響いたジャングル。

圧倒的な死の気配。 すべてが始まった、あのバンコクの夜。  

だが、それも、この雨音と熱気の中にすぐに溶けて消えていく。

いまが、すべてだ。  ここが、すべてだ。


もし…

あなたが、カブトムシを探しているのなら。  

雨季に、この辺境の宿を訪ねるといい。

夜になれば、ロビーの裸電球の周りに、奴らはごく当たり前に飛んでくる。

黒く、硬い殻を持った、立派な角を持つ生き物。  

わざわざ地雷の埋まる森の奥まで行かずとも、ビールでも飲みながら待っていれば、それを手に取ることはちっとも難しくない。

だが…

 それを追って、いったいどこまで行くのか。  それは、あなた次第だ。

ここには、道がある。  世界へ戻るための道も。  二度と戻らない道も。

そのどちらも、この雨と泥の向こうに、口を開けて確かに存在している。

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