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【台北】7年半ぶりに再訪してわかった、変わったこと・変わらなかったこと|2017→2025

初めて台北に行ったのは、2017年の11月。大学生で、右も左もわからないまま、2人で2泊3日の弾丸旅でした。

2回目は2025年のゴールデンウィーク。同じ台北のはずなのに、街も、自分の旅の仕方も、驚くほど変わっていました。その一方で、7年半経っても何ひとつ変わっていないものもありました。

同じ場所に時間をあけて2回行くと、ガイドブックには載らない「変化」と「不変」が見えてきます。今回は、その定点観測の記録です。

7年半ぶりの台北。街も、自分も変わっていました

2回の台北、こんな旅でした

2017年11月(1回目・大学生)

・2泊3日/2人
・完全に現金主義。スマホも旅では使いこなせず、Googleマップのピン機能すら知らなかった
・費用は2人で7〜8万円ほど(1人あたり約3.5〜4万円)
・11月は閑散期で、航空券が安かった
・行った場所:九份、中正紀念堂、台北101、龍山寺、鼎泰豐

※2017年の金額は、当時きちんと記録を残していなかったため記憶ベースの概算です。ここも正直に書いておきます。

2017年11月、初めての台北。大学生でした

2025年GW(2回目)

・3泊4日/2人
・固定費は2人で181,090円、1人あたり約90,500円
・GWの繁忙期で、航空券だけで2人11万5,700円(=全体の6割強)
・宿は士林エリア。士林夜市が歩いて行ける距離でした

2025年5月、7年半ぶりの再訪

変わったこと

空港から、現金なしで入れるようになった

2017年は、現金がないと何も始まりませんでした。両替をして、小銭を数えて、券売機の前で戸惑う。旅の入り口はいつも、その手間から始まっていました。

2025年は、桃園空港のMRTをクレジットカードでそのまま改札を通れました。財布を出さずに空港から市内へ移動できたとき、7年半という時間の長さを実感しました。

日本人観光客が、ぐっと増えていた

街を歩いていて聞こえてくる日本語の量が、7年半前とは明らかに違いました。飲食店で日本語のメニューが出てくる場面も増えていて、「台湾は日本人にとって近い場所になったんだな」と感じました。

移動が、アプリで完結するようになった

2017年の自分は、Googleマップの場所保存機能すら使えていませんでした。行きたい場所はメモにリストアップして残しておりました。マップにていきたい場所を一目で見れることはなかったです。

2025年は、配車もチャーターもアプリで手配できました。同じ街なのに「歩き方」がまるで違う。変わったのは台北だけではなく、旅をする側の自分でもありました。

同じ景色なのに、見え方が変わった

これが、今回いちばん大きかった変化です。

2017年は、ほとんど下調べをせずに行きました。中正紀念堂も、龍山寺も、「有名だから」となんとなく眺めて、写真を撮って、次の場所へ移動する。それだけでした。

2025年は、行く前に台湾の歴史をひと通り調べてから訪れました。孫文が辛亥革命を経て1912年に中華民国を建国したこと。1895年から1945年まで、台湾が日本の統治下にあったこと。そして1949年、蒋介石が率いる中華民国政府が台湾へ移ってきたこと。

その予習をしてから立つと、同じ場所がまったく違って見えました。

中正紀念堂は、蒋介石を記念して建てられた建物です。彼が亡くなったのが1975年、着工が1976年10月31日(生誕90年の日)、そして一般公開が1980年4月5日。命日にあわせて開かれています。日付ひとつにも意味が込められていると知ってから見上げると、あの白と青の巨大な建物が、ただの観光名所ではなくなりました。

中正紀念堂(2025年5月)。着工は蒋介石の生誕90年の日、公開は命日だった

龍山寺は、1738年、福建省泉州から渡ってきた人たちが建てたお寺でした。故郷の安海龍山寺から観音様を迎えて、この地の信仰と自治の中心にした。異国に渡った人たちが、まず祈る場所をつくったということです。線香の煙の向こうで手を合わせている人たちが、300年近く続く営みの延長線上にいるのだと思うと、あの空間の密度の理由がわかった気がしました。

龍山寺(2025年5月)。1738年、福建から渡ってきた人たちが建てた

十分のランタンも同じでした。願いごとを書いて空に飛ばす、あの観光体験。もともとは清の時代、福建から十分・平渓のあたりに移り住んだ人たちが、盗賊から山へ逃げた家族に「もう戻ってきて大丈夫だ」と知らせるための合図だったそうです。だから「平安燈」とも呼ばれる。無事を伝えるための灯りが、いま願いを託す灯りになっている。

 十分の天燈。もとは「もう戻って大丈夫」と伝えるための合図だった

変わったのは、街ではありませんでした。自分の「見る準備」でした。

同じ場所でも、こちらが持っていくものが変わると、受け取れるものがこれだけ変わる。旅の質を決めるのは、行き先そのものよりも、行く前に何を知っているかなのかもしれません。それを教えてくれたのが、7年半ぶりの台北でした。

変わらなかったこと

・夜市と街の雰囲気。あの熱気と匂いは、7年半前とそっくり同じでした
・龍山寺の祈りの時間、中正紀念堂の広さ、台北101を見上げたときの感覚
・そして、夜市と市内のMRTは、今も現金文化のまま。キャッシュレスがどれだけ進んでも、ここだけは変わりませんでした

キャッシュレス化が進んで、観光客が増えて、街は確実に変わっている。それでも、屋台から立ちのぼる湯気の匂いも、人の声の大きさも、7年半前のままでした。

変わっていくものの中に、変わらないものがちゃんと残っている。だから、また来たくなるのかもしれません。

士林夜市。7年半前と同じ熱気と匂いが、そのまま残っていた

この先で書いていること

ここから先は、有料パートです。

・2025年GW、2人で181,090円の詳細な内訳(何にいくら使ったか)
・時期をずらすと、この金額がどこまで下がるのか
・7年半前の自分に教えたい5つのこと(歴史的建造物の見方/ホテルの選び方/現地飯/写真スポット/効率的な回り方)
・7年半前は鼎泰豐で食べた小籠包を、今回は食べ損ねた失敗と、次回のリベンジ計画

内容にご満足いただけなければ、返金対応します。

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