【8ヶ月〜2歳】言葉より先に「地図」を覚えた長男。生後8ヶ月からの違和感。
現在3歳9ヶ月、発語のない長男。
長男の成長を振り返るとき、私の頭には常にあの時何かが変わったという明確な分岐点があります。
今日は、まだ診断がつく前、私が感じていた違和感と、その裏に隠れていた長男の才能のようなものについて、記録を残しておこうと思います。
■ 生後8ヶ月、音が消えた
生後7ヶ月頃まで、長男はよく喋る赤ちゃんでした。もちろん言葉ではありませんが、「あうー」「あー」といった可愛らしい独り言を、毎日聞かせてくれていました。
しかし、生後8ヶ月になった頃、ふと静寂が訪れました。
あんなに聞こえていた独り言が、パタッと止まったのです。
当時はそういう時期かなと思っていましたが、今振り返れば、あれが全てのスタートだったのかもしれません。
■ 2歳までの行動リスト
そこからの成長は、育児書にある目安とは少し違うルートを辿っていきました。
経理的に言えば、「予算(育児書の目安)」と「実績(長男の成長)」の差異がどんどん開いていく感覚です。
当時の主な行動(〜2歳頃)は、こんな感じでした。
・泣く、こちょこちょでの笑い以外は声を出さない
・物を口に入れない
・後追いを全くしない(親がいなくなっても平気)
・指差しをしない(共感を求めない)
・クレーン現象(私の手を道具のように使って物を取る)
・ルーティンへの執着(児童館では必ず「同じおもちゃ」を「同じ順番」で遊ぶ)
・飼い猫に全く興味がない
・帽子を嫌がる(感覚過敏?)
これだけ並べると、親としては不安を感じるところではありますが、初めての子育てということもあり、私たちには圧倒的に情報が足りませんでした。
そして、当時の私たちがすぐに病院へ走らなかった最大の理由がありました。
■ 違和感の裏にあった育てやすさ
妻と今でも話すのですが、当時の私たちは違和感を持ちつつも、一方で心からこう感じていました。
「こんなに育てやすい子はいない!」
後追いをしないから、家事をしていても足元にまとわりつかれない。
一人遊びが得意だから、放っておいても静かにしている。
夜泣きもそこまで酷くない。
当時はなんて親孝行な性格なんだ!と喜んでいましたが、今思えばそれは他人に興味がないことの裏返しでもありました。
育てやすさは、ある意味で嵐の前の静けさだったのかもしれません。
■ 歩かないのではなく「歩く理由がなかった」?
運動面でも不思議なギャップがありました。
つかまり立ちは生後7ヶ月と早かったのに、実際に歩き始めたのは1歳半。通常、つかまり立ちから歩行までは数ヶ月と言われますが、息子は1年近くつかまり立ちのままでした。
今、1歳10ヶ月になる次男を見ていて気づいたことがあります。
次男は「ママのところに行きたい!」「ママに抱っこしてほしい!」という強烈な欲求で、泣きじゃくり転びながらも私に向かって歩いてきます。
しかし、他人に興味が薄かった長男には、誰かの元へ歩いていく動機がなかったのかもしれません。
彼が歩かなかったのは、足の筋力の問題だけでなく、心のベクトルの問題だった気がしてなりません。
■ 衝撃の初散歩と、見えた光
そんな長男がついに歩き出し、初めて外を歩かせた日のことです。
感動の第一歩…と思いきや、彼は私の方を一度も振り返らず、スタスタと勝手に道を歩き始めました。
私は慌てて後をついて行きました。
彼は迷いのない足取りで、道を進んでいきます。
そして到着したのは、
いつも行っている児童館
でした。
※児童館までは、車が通れない道のみで到着出来ます。
私はリアルに鳥肌が立ちました。
言葉は話せない。指差しもできない。
でも、彼の頭の中には「完璧なGoogleマップ」が出来上がっていたのです。
「あぁ、この子は『遅れている』だけじゃない。見ている世界が違うんだ」
1歳半過ぎには簡単な型はめパズルをクリアしていたこともあり、この時初めて、息子の持つ視覚優位(目で見る力の強さ)や記憶力の良さという才能の片鱗に触れた気がしました。
■今回のまとめ
当時の私のように、ネット検索をしては落ち込んでいるママさん、パパさんがいるかもしれません。
しかし、成長の凸凹(デコボコ)は、凹んでいる部分だけでなく、飛び抜けている部分(凸)のサインかもしれません。
言葉がなくても、彼なりに世界を理解し、地図を描いている。
あの日の児童館への散歩は、私にとって息子の背中が少しだけ頼もしく見えた、最初の出来事でした。
