命日と誕生日
ここは何を書いてもいいノート。
言語化出来ない思いをただ、切々と書き綴っています。
昨日は父の命日だった。
ここ数年、ブログで振り返りをしてたけど、こっちに書いたほうがしっくりくるので、こちらに書くことにする。
父が亡くなって4年が経った。
正直、まだ、悲しみは癒えていない。
つい最近、また、悲しさの嵐が襲ってきた。
去年とか一昨年は、そう悲しくなかったんだけどね。
久しぶりに、思い切り泣く時期が来たのかもしれない。
ここのところ、なんとなく悲しいこととか、我慢している私がいることを、感じていたから。
仕事のこととか、お金のこととか、家族関係とか、いろいろと、うまくいっていないけれど、うまくいっていると思うようにして過ごしていた。
「いろんなこと、うまくいってないな~」
と、悔しさとか、悲しさとか、惨めさとか、情けなさとか、羨ましさとか、感じないように、感じないようにしていた。
これ、一回とことんこ味合わないとダメなやつだ。
少し、味わうことをしよう。
だけどね、なんとなく希望の光も見えてきている。
最近、私が見る情報は、希望に満ちている。
すべて、上手くいくような流れになっている。
これも、父が、やっと私が無理せずに、自分らしく歩いて行こうとしているから、協力してくれているのかも。
と、思えることばかりだ。
ずっと、うまくいっていないかったのは、本来の私らしくない、義務感とかから行動していたからだって、薄々感じていた。
それを受け入れた上で、じゃ、どうしよう?
みたいに考えられるようになったから、少しずつ、光が見えてきたと思っていた。
昨日なんて、新たに潜在意識の面白い使い方を試してみて、すっごく気分良く寝られたしね。
もう、これは上手くいくしかない!!!!!
と、父に大感謝だったのよ。
ところが、今日の娘の誕生日。
車は傷つけるは、鼻をぶつけて、骨が折れたんじゃないかと思ったりと、散々な出来事に遭遇。
娘は、
「私の誕生日なのに、ママはいろんなことあって、可愛そう」
と、泣き出す。
あ~、せっかくの娘の誕生日なのに、なんてこった!!!
と、さらに情けなくなる。
やっぱ、いろんなネガティブな感情を、しっかりと感じようと思った。
だけど、また、いろんなヒントがやってきて、いい方向に流れているけど、まだ、私は私の本音に正直になっていないことに気がついた。
私は私のためでなく、人のために動こうとしていた。
だから、今日は嫌な事が起きたのだ。
「今、向かっている方向は違いますよ」
と、いうお知らせ。
そう思ったら、今、やろうとしていたことが、全く違うんじゃないかと思えてきた。
やっぱ、自分に正直になればいいだけなのだ。
父が亡くなってから、4年間も、いや、その前から、父には心配かけ通しなんだろうな。
これじゃ、協力してくれないよ。
私がもっと、ひどい目にあうというか、辛い思いをするから。
もう少し、いや、全面的に自分に正直になります。
私らしく生きていきます。
こんな気づきが、父からの贈り物。
本当にありがとう。
感謝しています。
