北海の底に人類の大地が沈んでいると知ったからこの本を読む。
北海の底に人類の大地が沈んでいると知ったからこの本を読む。
こんな話を読みました。
https://wired.jp/?p=666045 北海に沈んだ大地「ドッガーランド」が、氷期の森で人類を育んでいたかもしれない
北海の海底に、かつて「ドッガーランド」と呼ばれる大地があったという話です。
今から8000年ほど前まで、北海はすべて海ではありませんでした。今のイギリスとヨーロッパ大陸の間に、広大な陸地が広がっていた。そこに森があり、川が流れ、動物が暮らし、人間が生きていた。
氷河期が終わって気候が温暖化し、海面が上昇した。その大地は、ゆっくりと水の底に沈んでいった。
今もその地形が北海の海底に残っています。
ゆっくりと沈む大地の記憶
8000年前、そこに暮らしていた人々は何を感じていたのか。
一世代のうちに沈むわけではありません。何百年、何千年というスパンで、じわじわと海が陸を侵食していく。おじいさんが子どもの頃に遊んでいた丘が、孫の代には海の中にある。
その経験は、どんな形で後世に伝わったのか。
世界中に「大洪水」の神話があります。ノアの方舟。ギルガメシュ叙事詩。マヤ神話。日本の神話にも洪水の話がある。なぜこれほど多くの文化に、水が世界を呑み込む物語が残っているのか。
長い間、それは「神話」として扱われてきました。象徴的な話。比喩。
でもドッガーランドの存在は、別の可能性を示しています。大洪水の神話は、人類が実際に経験した水没の記憶が、何千年もかけて語り継がれた結果かもしれない、と。
比喩だと思っていたものが、事実だった
これを読んで、少し不思議な気持ちになりました。
「神話は比喩だ」という見方と、「神話は記憶だ」という見方。この二つは、ずっと対立してきました。
でも、ドッガーランドのような場所の存在は、その境界を曖昧にします。人々が実際に水の上昇を経験し、その経験が語り継がれ、やがて「世界が水に沈んだ」という神話の形になった。事実と神話の間に、そんな連続性があるとしたら。
「神話とは何か」という問いが、また変わる気がします。
だからこの1冊を買おうと思います
『大洪水が神話になるとき 人類と洪水五〇〇〇年の精神史』(河出ブックス)
神話学、地質学、考古学を横断して「洪水神話はなぜ世界中にあるのか」を追った本です。目次に「氷期と大洪水」という章があって、ドッガーランドのような話と直接繋がる気がして、手に取りたくなりました。
「ノアの洪水は実際にあったのか」という問いに答えるのではなく、「なぜ人類はあれほど多くの文化で水に呑まれる夢を見たのか」を問う本らしい。
北海の底に今も沈んでいる大地の話を読んだ日に、読んでみたいと思いました。
北海の底に、今も森の痕跡が残っているそうです。
沈んだのではなく、水の下にある。
その違いが、何か大切なことを言っている気がしています。
参考記事
https://wired.jp/?p=666045 北海に沈んだ大地「ドッガーランド」が、氷期の森で人類を育んでいたかもしれない
