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棚田、paesaggio、そしてテリトーリオ - 5月のイタリア研修を前に改めて考える

単なる造形美にとどまらない「イタリアデザイン」の思考を日本のビジネスに活かす活動のひとつとして、イタリア・アルバとミラノを舞台に、テリトーリオを学ぶ研修ツアーを実施している。来月5月にはその3回目の実施を予定している。

開催までひと月半となった今、共同企画をしているイタリア在住の安西洋之氏との会話や、最近ネット上でよく見かけるようになった「テリトーリオ」という言葉について改めて調べたことから、まるで原点に戻ったような気づきを得たことについて記しておこうと思う。



私たちは、何を見に行くのか

第3回目の今年の開催は5月24日から30日。アルバでは現地の企業、行政、大学、文化に触れながら体験と対話を重ね、ミラノではその気づきを理論へと昇華していく。

このツアーはビジネスとデザインの交差を学ぶ旅である。ここからビジネスマインドに大きなインサイトをもたらす機会としてこうした体験を提供したいという思いから実施しているのではあるが、これが日本の企業マインドにはなかなか通じない。何を見に行くのか?企業の業績にどうインパクトがあるのか?売り上げは上がるのか?そんな問いが返ってくることが往々にしてある。

イタリアデザインがビジネスにもたらす戦略的な意味合いや、歴史文化に基づくヘリテージの重要性を説いたところで、残念ながらこのツアーがmust haveな体験となることが伝わらない。

私たちは、このツアーでいったい何を見に行くのか。

イタリアのデザインを見るのか。
テリトーリオという概念を学びに行くのか。
あるいは、地域に根差したビジネスの実践を見に行くのか。

どれも間違ってはいない。
だが、もっと根底にあるものを確かめに行く旅なのである。その「根底にあるもの」を考えた時、私たちがずっとシステムデザインの原像として大切にしてきた風景が、突然脳裏に蘇ってきた。

私たちが原像として見てきたものは、棚田だった

私たちがシステムデザインの「究極の姿」として、創業時から繰り返し語り続けてきた風景がある。それが 棚田だ。

棚田は、一見すると自然の景観に見える。
山の起伏に沿って広がり、その土地に違和感なく溶け込み、まるで最初からそこにあったかのように見える。だが実際には、それは人の手が長い時間をかけてつくり、守り、更新してきたものだ。地形を読み、水を導き、気候や季節と折り合いをつけ、共同体の営みのなかで維持されてきた。

つまり棚田とは、自然そのものではなく、自然と人間との関係が編み込まれた結果として現れている風景である。

しかも重要なのは、それが人工物として土地の上に置かれているのではない、ということだ。
人がつくったものであるにもかかわらず、結果として、その土地の一部として立ち現れている。あたかも、もともとそこにあるべきものであったかのように見える。
そこには、ある種の自在さがある。
それは、思いのままに操作する自由ではない。地形や水の流れ、暮らしのリズムといった、その土地が持つ条件を受け止めながら、無理なく関係を成り立たせていくしなやかさである。
このあり方に、私たちはシステムデザインの理想を見てきた。

風景の背後には複数のレイヤーがある

棚田の魅力は、単に美しい景色であることではない。
そこには、複数の層が折り重なったレイヤー構造がある。

地形、水、農、暮らし、共同体、歴史、美意識。
そうした異なる層が分断されずに重なり合い、全体として一つの風景を成立させている。私たちが棚田に惹かれてきたのは、その見た目の美しさ以上に、その背後にあるレイヤー構造の豊かさだったのだと思う。

その意味で、システムデザインとは、単体のモノやサービスを設計することではない。
ある対象を、それを取り巻く環境や歴史、関係性、時間の蓄積まで含めて捉え、そのレイヤー構造を読み解きながら、全体としてどう成立させるかを考える営みである。
部分を個別に最適化するのではなく、全体の成立条件を見にいくこと。私たちが棚田のなかに見てきたのは、まさにその姿だった。

その問いを確かめる場所がアルバとランゲ

私たちが棚田に見出した「人と自然の共生システム」としての風景。それと同じ構造を、世界規模の価値として認めている場所がある。それが今回訪れるアルバとランゲ地方だ。

今回ツアーで訪れるアルバは、ピエモンテ州ランゲ地方にある。そしてこのランゲを含む周辺の葡萄畑景観は、ユネスコ世界遺産として2014年に登録された。英語の公式名は Vineyard Landscape of Piedmont: Langhe-Roero and Monferrato、日本語では ピエモンテの葡萄畑景観:ランゲ・ロエロ・モンフェッラート、イタリア語では Paesaggi vitivinicoli del Piemonte: Langhe-Roero e Monferrato と表現されている。ユネスコはこれを文化的景観 (paesaggio)として扱う。

ここで重要なのは、評価されているのが単なる「美しい眺め」ではないという点だ。
ユネスコの説明でも、この地は人と環境との深い関係、土壌や在来品種、ワイン生産の技術と経済のプロセスが長い時間をかけて形づくってきた景観として位置づけられている。(ユネスコ世界遺産センター) 
つまり、見えているのは葡萄畑の景観だが、その背後には、人の営みと土地との関係が長い時間をかけて積層したシステムがある。

この場所を訪れるということ自体が、私たちにとっては大きな意味を持つ。
なぜなら、ここには「風景として見えているもの」と「それを成立させているシステム」との関係が、極めて鮮やかに現れているからだ。

paesaggioという言葉が強く響く理由

そう考えたとき、イタリア語のpaesaggioという言葉が強く響いてくる。

日本語では「景観」、英語では「landscape」と訳されることが多い。
だが、イタリア語の「paesaggio」が意味するのは、単に見えている景色ではなく、その背後にある見えない構造をも指しているという。そこには、土地の歴史、産業、文化、人々の暮らしが重なり合い、それらが互いに影響し合う「生きたシステム」がある。

言い換えれば、paesaggioとして見えているものの根幹には、それを生み出しているシステムがあるということである。

ユネスコの文化的景観(paesaggio)世界遺産であるこの地で向き合うべきは、景観そのものというより、景観として立ち現れている複層的な全体なのだ。

このことに気づいたとき、私たちが棚田のなかに見てきたものと、paesaggioの感覚は、深いところでつながっているのだと感じた。
見えているのは風景であっても、本質は景色そのものではない。そこにどういう関係性が織り込まれ、どのような営みが積み重なり、どんな構造がその姿を支えているのか。私たちが棚田に見出してきた価値は、まさにそこにあった。

テリトーリオは、価値が立ち上がる全体である

この発見は、私たちが「ビジネスとデザインの交差」を学ぼうとしているテリトーリオの文脈と、まっすぐにつながっている。

テリトーリオは、単なる「地域」ではない。
自然環境、歴史、文化、産業、食、生活、人々の関係性が有機的に結びつき、その土地ならではの意味や価値を形づくっている全体である。今回のプログラムでも、テリトーリオは、「地域全体の価値を体感する」ものであり、地域の産業・文化・歴史が結びついて形成されるエコシステムとして位置づけている。

イタリアデザインもまた、単に美しいプロダクトや洗練された造形を指すのではない。
素材、産業、文化、職人技、生活、土地との関係まで含めて成立している。だからこそ、イタリアではデザインとビジネスが深く交差し、それが単なる手法論ではなく、地域や企業のあり方そのものとして立ち現れている。プログラム自体も、イタリアを「ビジネスとデザインが交差する場」と捉え、アルバでの体験とミラノでの整理を通じて、それを掴みにいく構成になっている。

そう考えると、私たちがいまイタリアから学ぼうとしていることは、何か新しい思想を外から輸入することではない。
むしろ、「システムデザイン」に取り組み始めた当初から、「棚田」という存在を通じて直感的に捉えてきたものに、いまイタリアの言葉と文脈が与えられている、という感覚に近い。


景観ではなく、その背後にあるシステムを見る旅

今回の研修で本当に目指しているのは、海外の先進事例の表面をなぞることではない。

アルバで現地の企業、行政、大学、文化に触れ、キーパーソンとの対話を通じて一次情報を受け取り、ミラノでその体験を理論へと接続する。
その往復を通じて、見えているものの背後にどのようなシステムがあるのかを、自分の感覚と思考の両方で捉えてもらうことに意味がある。プログラムは「価値の物差しを得る」「ヘリテージの資産化」「イノベーションの土壌」を目的に設計されている。

つまり、イタリアのテリトーリオを実際に見て、感じて、その風景の背後にあるシステムを、参加者それぞれの脳に刻み込んでもらいたいのだ。
「美しい景観だった」で終わるのではなく、なぜそれがこの土地で成立しているのか、何がそれを支えているのか、どのような関係性がその姿を可能にしているのかを、自分のなかに深く入れていくこと。そこに、このツアーの目的がある。

地方創生にとどまらない、企業や組織を見る視点の獲得へ

だからこの学びは、単なる「地方創生」の文脈にとどまらないと考えている。

もちろん、地域を見るための視点として極めて重要であることは間違いない。
だがそれだけではない。企業活動にも、組織活動にも、表面に見えている制度や成果の下に、歴史、文化、暗黙知、関係性というレイヤー構造がある。目の前に見えている現象の背後に、どのようなシステムがあるのか。そのシステムをどう捉え、どう編み直すのか。この問いは、経営にも、事業開発にも、組織づくりにも深く関わっている。

そう考えると、イタリアのテリトーリオを訪ねることは、単に海外の先進事例を見に行くことではない。風景の背後にある「生きたシステム」を読み解く感性を鍛えることであり、同時に、自分たちの仕事や組織、事業を一つの「テリトーリオ」として捉え直し、その構造をもう一度見直すための旅でもあるのだ。

共に発見する旅へ

棚田を見て、私たちが長く感じてきたこと。
paesaggioという言葉に触れて、改めて輪郭を持ったこと。
そしてテリトーリオの現場で、それを確かめたいと思っていること。

この発見を、現地で共に深めていきたいと思う。

本ツアーは、5月24日夜にアルバ集合、5月30日朝にミラノ解散の予定で実施する。(申込期日は4月20日)関心を持つ方と、この感覚を現地で共有できればと思う。

詳細とお申込み登録の情報はこちらです。


終わりに

今回、paesaggioという言葉から新たな気づきを得たきっかけについて触れておきたい。それは、先月ミラノで実施したPOLI.designとのプロジェクトに参加いただいたIさんからご紹介いただいた、テリトーリオに関する記事であった。 元ヤフーの宮内俊樹さんが綴られている「宮内俊樹のテリトーリオ散歩」という連載のなかで、このpaesaggioという言葉に出会った。以前から耳にしていた言葉ではあったが、宮内氏の深い洞察に触れたことで、私たちの原点である「棚田」の思想と鮮やかに結びついたのである。 素晴らしい視座を与えてくださったIさん、そして宮内さんに、この場を借りて深く感謝の意を表したい。


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