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いつか、ここに住めたら

ベトナム在住9年のフリーランスエンジニア、Ken です。

同じ人間同士、国や人種なんて関係ないというが、一緒に居て快適な人たちといる方に寄っていくのはあたりまえである。 置かれている環境や人生経験にも依るとは思うが、同じ日本人同士はどうしても集まりやすい。 言葉や経験の共有が一番やりやすいからなのだと思うが。 そういう環境で出会った人たちについて。

授業では、年下の子たちに助けられた

入学当初は年齢も行ってるし、ほぼ初海外(ちょっと前にベトナムに初めて行った)くらいで、 意思の疎通はちょっと難しいなと思っていたが、ゴールドコーストである。日本人が結構多い。 みんなもそんなには来た時期は変わらないと思うが、こちらはもっとわからないと見ると親切にしてくれた。 最初のクラスではユカちゃん、アヤナちゃん、カナちゃんというあたりの若い女子に助けられた。 こういうアウェイ環境で困る、二人一組のアクティビティとかね。ペアになってくれたり。 ユカちゃんは20歳くらい?で激若いが、なんかウマがあって日本で飲み行ったりもした。 アヤナ・カナは、元々仲良しで彼女らも20代前半だが、GCの居酒屋でバイトしてるところに遊びに行ったりした。

日本人がいないクラスが、一番良かった

6か月の留学生活だが、後半はTOEICクラスに入った。TOEICって流行ってるの日本くらいで(多分)、他の国の英語の指標としてはIELTSやTOEFLなどの方が信頼度高い。 が、このクラスが何か奇跡のクラスで、とても居心地が良くて、模試ではあるが、TOEIC730点を取ることが出来た。 まあ、TOEICの点数を取るためのテクニックを学んだからと言えばそれまでだが、推定400点台の俺が730点も取れたのは単純に嬉しかったもんだ。 そういえばこのクラス、なぜか日本人が俺一人だった。最初に書いたように普段は日本人同士で固まりがちな俺なのに、だ。 でも不思議なもんで、いや、日本人が居なかったからこそ、ここが留学で一番居心地が良かったのかもしれない。 クラスメイトは南米の人が多かったかな。後フランス人も居た。英語習う必要あるの?とは思ったが 南米はブラジル人、コロンビア人、ベネズエラ人、チリ(南米じゃないか?)人もいて、 みんな普通だったな。コロンビア人のジーナ&ローラ姉妹は見た目ガチ外人。ジーナは黒人。ローラは白人って感じだが、 中身は本当に普通の女の子であった。差別的な表現になったら申し訳ないが、黒人の人は雑なイメージを勝手に持ってたりしたので。 しかしジーナの彼氏はめちゃいいやつ。イケメン。金持ちの完璧なんじゃない?って感じだったし。 まあ、飲みに行ったりするまでの距離は詰められなかったが、いい経験だったね。 また、国籍対抗のフードイベントみたいなのがあって、それぞれの国のチームに分かれて、 お国の料理を振る舞って投票上位のチームになんかくれる、みたいなのをやった。 日本チームはおにぎりやら雑煮やらを作って上位に入ったんじゃなかったかな。 その準備でみんなで友達の家で、コメやら海苔やら梅干しやらを揃えておにぎり握ったね。

英語が、降りてきた

一応平日は毎日勉強してるわけだ。 成長するときというのはどういうものも似てるのかもしれない。 ある日学校の帰りか、どっかに行く途中だったのか歩いてそこに向かう途中、突然英語が聞こえるようになった? 話せるようになった?とにかくなんか理解できるようになったのだ。 具体的にどうとかではなく、自分でもよくわからんが出来るようになった、それだけ。 こういうのは今までもあったね。例えば昔死ぬほどエレキギターを練習してたんだけど、ある日突然、それまで中々出来なかったところが スラスラ出来るようになったりね。こういうのが留学中に2度あった(別にそんなすごいレベルアップしたという訳でもないが)。 あとは、ちょっと自分より英語上手な日本人の子がExperienceって言葉を使ってたのを見て、 あー、Experienceがでてきたら中級っぽいななんて漠然と思ったりね。

台湾の輪と、金曜のパブ

Langportsという学校は毎月毎月色んなイベントを考えて、実行してくれてる。シェーンというイベントオフィサーみたいな人が考えるのだろう。 で、金曜日はTGIFイベントというのがある。(Thank God It's Fridayの略らしい。なんのこっちゃ) とりあえず近くのバーに行って飲むというシンプルなイベント。 学校のイベントなので、Langportsの生徒もくるし、別クラスの人たちとも交流できる。 大概の金曜日はそこに行ったかな。 台湾人のJackie, Bobo, Peggy, 韓国人のJohnとか。後は例のごとく日本人多数。 Jackieはこちらが年上というのもあるが、色々世話してくれた。日本で板前をやっていたらしい。 片目を事故で失ってたり、入れ墨入ってたりで見た目怖いがめちゃ面倒見が良くお世話になった。 ボボは名前はボボだが(失礼)モデルみたいな女の子。ボボって名前は台湾だと可愛いのかなぁ?と思ったり。


すっかりオーストラリアの生活にも溶け込んだ。 なので、来た当初のドタバタもなく、日常は静かに過ぎていくフェーズになっていた。 このころはいつかオーストラリアに住めたらいいなと思っていた。

— Ken

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