「呪い」の科学。そして文学。
最近、キングダムの映画を観ています。
明確な理由は特になし。
ふと観たくなったからです。
世間が熱中する時期ではなく、
ブームがひと段落したころに
なぜかマイブームが来るんですよね~笑
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共育LIBRARYりょーやん、元教師です。
昨今、
『呪術廻戦』といった作品が
ヒットした影響もあり、
「呪い」に注目が集まっています。
筆者は少し前に、
祭りや異界といった
日本古来からの文化を
知的好奇心から色々と調べていました。
その中であがってきた
重要な文化の1つが、呪い。
今回は、
そんな「呪い」というものが
そもそもどのようなものなのか。
日本という国の文化に
どのような影響を与えているのかを
まとめていけたらと思います。
人の呪い方とか、
恐い呪い話とか、
そういう内容ではありません。笑
文化、学問を通しての
「呪い」の本質に迫れればと思います。
楽しんでいただけると幸いです。
「のろう」と「うらむ」

以前の記事に、
「のろう」とはそもそも
「いのる」と同義であることを述べました。
そもそも「祈る」という言葉は、
「生宣り」が語源であり、
「い」という音が生命力、
「のり」は、
祝詞や詔の「のり」と同じで、
宣言することを意味している説がある。
その内の、
「のる」が派生した言葉には
「頼む(たのむ)」という言葉や、
「のろう」といった言葉が存在する。
これらは本質的には祈りであり、
そのエネルギーを何に向けるかによって
意味が変わってくるものでもあります。
つまり、
呪い=悪という、
そう単純な話ではないということ。
そのことは、
「うらむ」という言葉にも垣間見えます。
「うら」という言葉は、
「心」という意味をもつ。
「うらやましい」は、
「心病む(うらやむ)」の言葉の派生です。
その「うら(心)」が動詞となったのが
「うらむ」。
相手に対する不満の気持ちを
心の内に持ち続けることを示しています。
「うれし」の「うれ」も、
「うらなう」の「うら」も、
「うら」から連なった語。
現代にてあてがわれる「裏」も、
表には出ない心の内のことを示す。
表裏一体と言われるように、
「うらむ」という心の作用も
陽ではない陰の役割を果たす上で
人間には欠かせないものでもあるのです。
「口」のものがたり

漢字研究者の権威、
白川静さんの絵本の中に
『サイのものがたり』
というものがあります。
「サイ」とは漢字の「口」のことで、
祝詞を表し
「口」が付く漢字は
神意に関するもので多くは構成されるとし、
同時にそれは、
呪能的な機能をもつと唱えられています。
「祝」は神霊に対する
いのりの行為でもあるし、
「呪」は相手に対する
欲求を示す呪術的な行為です。
つまり、
「祝う」と「呪う」は、
そのエネルギーを
神霊に向けるか、他者に向けるかという
表裏一体の意味合いでもある。
「呪」は「口」を2つ合わせていますので、
より激しい「いのり」とも解釈できます。
祝詞のように、
言葉を使ってエネルギーを高めたのでしょう。
そもそも私たちが使っている
「ことば」とは何でしょうか。
本来は無意味な「音」に、
意味や意思を与えたものが「ことば」であり、
それを発することで何らかの効果を生む
呪言でもあります。
それを文字に表記し、
書き留めておくことにより
その呪能は空間を超えて
支配的な力をもつとされている。
「言」という漢字は、
「辛」と「口」から成る。
「辛」は針のことであり、
神への誓約を告げる上で
不信な思惑があるものであれば、
入れ墨の刑を受けるという
誓いのしるしでもある漢字です。
中国では、
「言」が攻撃的なことば、
「語」は防御的なことばを表します。
それを組み合わせたのが「言語」。
「ことば」そのものが呪術なのです。
呪術と聞くとマイナスなイメージですが、
古来から「魔除け」としての
重要な意味をもっていたのが「呪い」です。
他にも、
「口」が付く漢字で
神意や呪術に関する文字は多くあります。
「歌」はうたうという行為ですが、
本来は神に対して行われた呪歌が始祖とされています。
「名」も、
生まれた子に特別な意味合いの
魔除けや祈りを捧げたもの。
忌み名という考えがかつてあったように、
本名を知られることは
支配されることを意味する呪術的文化もある。
「命」は、
神がその人を通じて実現を望むものを、
啓示として受け取る漢字でもあります。
だからこそ、
「天命」や「使命」には
「命」という漢字が使われる。
こう考えると、
「呪い」というものは
もともと神聖な意味合いがあるもので
私たちが日常で当たり前に使っている
「ことば」そのものであるとも言えそうです。
「呪い」の歴史

かつて呪いは、
現代の「医学」と同じぐらい
重要な立ち位置を占めていました。
もともと「呪い」の起源は、
古事記による
イザナギとイザナミの関係です。
日本創設の神々である2人のうち、
イザナミが黄泉の国に行くことになる。
その時に、
イザナミは
「1日に千人、国の人間を殺す」
という呪いをかけた。
対してイザナギが、
「ならば、1日に千五百人産もう」
と宣言。
日本の起源となる話にあるほど、
呪いは当たり前に存在する日本の文化だったのです。
明治時代の刑法にも、
呪詛に関する罰則が明記されています。
かつての時代は、
災害などの自然現象がなぜ起こるのかが
解明されておらず、
未知のものへの恐れから、
祈りや呪いを重要視する必要があった。
医学もそこまで発展していないため、
分からない体の不調も
祈りや呪いを祓うことで
人々に安心を与えることが必須だったのでしょう。
かつての天皇や統治者たちが、
神仏を使った世の統治を
行おうとしたことからも、
「呪い」が信じられていたことが分かります。
災害や疫病などの原因が解明されていないなら、
そのような現象の広がりも
統治者の力で一進一退すると考えられていたから。
そんな日本の歴史は、
呪いと共に歩んできたとも言えるでしょう。
「呪い」が科学された現代

現代は古来ほど
「呪い」が信じられていません。
法律にも、
「呪い」に関するものはなくなった。
なぜか。
それは言うまでもなく、
科学によって色々な現象が解明されてきたからです。
災害や疫病の流行がなぜ起こるのか。
様々な病気が起こる仕組み。
そういったものを全て、
根拠をもって理解しようとするのが現代です。
突然失明したり、難聴になったりなど、
心の作用から身体に影響が現れるものも
身体表現性障害や転換性障害といった
診断がつくようになっています。
足を失ったはずなのに、
失った部分にまるで痛みを感じる症状も
「疼痛」と病名がついています。
「思い込み」の力すらも、
ピグマリオン効果といった形で
科学的に証明されている。
このような
科学が十分に発達していなかったからこそ、
かつての時代は、
思い込みの力も相まって
呪いや魔除け、祈りが効果を発揮しやすかったのでしょう。
さあ、現代は
そんな「呪い」という文化が
完全になくなった時代・・・というのは本当でしょうか。
仮想敵国の軍事強化におびえて、
軍備増強を図ろうとする現代人。
親が子を、子が親を、
部下が上司を、上司が部下を。
呪い呪われという人間の関係性は
未だに続いています。
人を憎んだり妬んだり、
好きになったり愛したり・・・・
「この人を独占したい」
「どうしても〇〇をしたい」
そういった欲求が強ければ強いほど、
現実との差にもがき苦しみ、
「呪い」は生まれる。
我をなくし、
現実と自分の内面との差を取れば
「差取り=悟り」の境地になる。
まだまだ、
人類と呪いとの歴史は
続いていきそうですね。
まとめ

呪いは本来、
魔除けと言った神聖な意味合いもあるので
使い方次第で、
よき効果を発揮することもできるでしょうね。
『呪術廻戦』のように、
「縛る」条件を厳しくすることで
「呪力」が上がるという現象は
現実社会にもあると
筆者は思っています。
それは、「覚悟」です。
覚悟が上がれば上がるほど、
人間はエネルギーが湧き出てくる。
時には厳しい人間社会を生き抜くには、
「呪い」を味方につける知恵も
もっているといいのかもしれませんね。
日本文化は、やっぱり面白いです。
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