プレイセラピー
共育LIBRARYへようこそおいでくださいました✨
教育、人間、人生など、様々な「知恵」や「情報」が詰まった図書館のような、皆さんがくつろぎ、人生の「気付き」を得たり、知的好奇心を満たしたりできる居場所を目指しています😌
どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。
プレイセラピー、
またの名を遊戯療法。
カウンセリングや認知行動療法、
箱庭療法などは、
比較的、臨床心理の治療法のなかでも
世間に認知されている部類かもしれません。
一方で、
本当に文字通りの「遊び」を使った治療は
そこまで広く認知されていないイメージがあります。
なぜなら、
遊びというものは、
別にわざわざ治療として行わなくても、
放っておいたら
子どもは勝手にやるものだからと
考えられているから。
筆者としては、そう推察しています。
しかし、
子どもに対して心理療法を行うときは、
最もメジャーなものがプレイセラピーだという説がある。
それぐらい、
重要なポジションである方法なのです。
この記事には、
プレイセラピーの基本的な考えを通して、
「遊び」というものの真の価値について
考えていく内容にしていきます。
何か気付きある記事になれば幸いです。
「遊び」のもつ意味

プレイセラピーにおいて、
「遊び」というものは
どのような意味をもっているのでしょうか。
「遊びそのものに治癒力がある」
と述べている方もいますし、
「遊びとは、夢中になり、容易に離れられず、他の侵入を許さない領域」
と表現している人もいます。
つまり、
自分の内界とつながる行為であると
捉えることができるわけです。
「歌うことは健康な心の証」
という言葉があるように、
「遊べることは健康な心の証」
であると言い換えることもできる。
なぜならば、
自分の心を表現する健康さをもっていないければ、
人間は遊ぶことすらできなくなってしまうからです。
例えば、
「自分の感情は我慢しなければならない」
「親の言う通りに従って生きなければならない」
ということが
刷り込まれ続けている人の場合、
自分の感情を抑圧し続けることになります。
感情というものは、
すなわち無意識の領域でもありますから、
それを抑圧し続けることは、
自分の無意識との通路を断つことにもなる。
意識のみで、
自分をコントロールして生きようとすることになります。
ただ、人間というものは
無意識から生命的なエネルギーを得て
生きている存在です。
無意識と意識の通路を断つと、
次第にエネルギーの源がなくなっていき
学校に行けなくなったり、
通勤できなくなったりする場合がある。
そんなときは
意識と無意識の通路を
再度、開いてあげる必要があります。
その手段の1つが、遊びなのです。
「遊び」を通して見えてくるもの

プレイセラピーにおいて、
遊びは無意識を解放する手段であると述べました。
ということは、
子どもが何の遊び道具を選ぶか、
どのようにして遊ぶのか、
遊びを通してのセラピストとの関係はどうなのか、
という視点によって、
子どもの無意識の世界が
そこに現われることになります。
「遊びはトラウマの再演」
「語れない恐怖の行動化」
という言葉もある。
比較的分かりやすいのは、
こどもが無意識に「怒り」を内在化している場合でしょう。
それを普段の生活では抑圧しているのですが、
プレイセラピーのセラピールームでは、
本当に危険が及ぶ行為であったり、
物を意図的に破壊するような行為でない限り、
表現の許容範囲がかなり保証されます。
子どもはそれが分かってくると、
かなり暴力的な遊びを行ったり、
セラピストに対して支配的な関係を迫ってきたりする。
そうすることによって、
これまで絶ってきた無意識との通路を
つなぎ合わせていると言えます。
そのような表現を出しても、
それを抑圧せずに抱えてくれる大人がいることで
その子どもは
適切な無意識とのつながりを
少しずつ取り戻していくのです。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
