見出し画像

日本人のクリエイティブ文化の原点

昨日今日で、
ついにクーラーのスイッチをオンにしました。

昔はかなりの暑さでも、
耐えれた気がしたのですが・・・

小学生時代、
机の上に滴る汗で教科書を濡らしながら、
勉強をしていたあの頃を思いだします・・・!


共育LIBRARYへようこそおいでくださいました✨

教育、人間、人生など、様々な「知恵」や「情報」が詰まった図書館のような、皆さんがくつろぎ、人生の「気付き」を得たり、知的好奇心を満たしたりできる居場所を目指しています😌

どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。

共育LIBRARYりょーやん、元教師です。


「古池や蛙飛び込む水の音」

日本人なら、おそらく
誰しもが聞いたことがある俳句。

俳句や短歌というものは不思議です。

わずか十七音
わずか三十一音なのに、
なぜか人々を別世界へ誘ってくれる。

心に何かを残していく。

だからこそ、
1000年以上の時を超え、
現代にまで引き継がれてきたのだと思います。

今回は、そんな
俳句や短歌といった「歌」にまつわる記事。

この記事はメンバーシップの
BRILLIANT_Sさんとのコラボ記事
です。

楽しんでいただけると
うれしいです。



俳句/短歌で押さえておくべきこと

俳句・短歌をみる視点には、
どのようなものがあるのでしょうか。

小学生にも教える、
前提となるポイントを
押さえておきます。


■ 季語・季節

俳句は、5・7・5の17音の中に、
季語を1つ入れるルールがあります。

季語から季節を確定し、
情景に思いを馳せる。

1つの俳句に
2つの季語が入っていることもあります。

これを「季重ね」といいます。
季重ねについては、以降に解説しますね。

短歌は季語を入れるルールはありませんが、
季節を考える観点はあった方が、
情景を思い描きやすいかもしれません。


■ 切れ字

俳句・短歌の
「感動の中心」となる節に、
つく文字のことです。

以下の種類があります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・かな
・もがな
・ぞ
・か
・や
・よ
・けり
・ず
・じ
・ぬ
・つ
・らむ
・け
・せ
・へ
・れ
・し

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

5・7・5(7・7)の
どこに切れ字がついているかによって、
作者がどこを強調させたかったのかが分かる。

これがあるだけで、
俳句・短歌をみる視点が一段深くなります。

では、ここから、
「歌」を楽しんでいきましょう!


「戸を叩く狸と秋を惜しみけり」

1つ目はこの俳句。

十七音にどんな謎が隠されているのか。

授業形式で進めていきますね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まずは、一度、
声に出して読ませます

最後にもう一度読ませ、
変化を感じさせるためです。

それぞれの読み方ですから、
自由に味わっていればOKです。

そして、簡単な情報を確認していきます。

ここまでは
誰もが参加できるための土台作り。

次の発問(授業で思考を促すための問い)から、
俳句の本題に近づいていきます。

俳句で大切なのは、
「季語」と「季節」。

「秋」は季節です。

しかし、歳時記には
「秋を惜しむ」という言葉が
季語として収められています。

そして、実はもう1つ季語があるのです。

もう1つ季語があります。
何だと思いますか。

それが「狸」

このように1つの俳句に
2つの季語があるものを「季重ね」といいます。

「秋を惜しむ」は晩秋の季語。
「狸」はの季語です。

わざわざ季重ねで2つの季節を
俳句に入れたということは、

秋の終わりから冬の初めにかけての
「季節の移り変わり」であることを
強調したかったということが推察できます。

そして、次の発問。

「俳句や詩の情景を絵にする」
という読解の仕方は非常に面白い。

図工ではないので絵は簡略化させます。

(「話者の視点」とは、俳句の語り手の視点のこと)

授業では、
以下のような絵がレパートリーとして
出てきました。

A 狸が戸を叩いている+人が外から見ている
B 人は家の中+狸が戸を叩く音を聞いている
C 人は家の中+窓から狸を見ている
D 人は家の中+音は聞こえるが、狸はいない

このように、人によって
解釈の仕方が全くといってよいほど変わります。

質問がある人、
反対意見がある人、
意見交流をして解釈を深めましょう。

始めは、
誰もが「狸」を中心にこの俳句を想像していたはず。

しかし、この
「狸自体がそもそも見えているのか問題」

メスを入れていきます。

あなたはどう考えるでしょうか?

狸が本当に見えているのか。
狸だと予想をしているだけなのか。
はたまた・・・

ここで戸を叩いている存在を、
狸以外の選択肢も含めて考えます。

ここで、冷静に考えてみたい。

狸はそもそも戸を叩くのでしょうか。

動物が戸を叩くということに、
疑問を感じる子どもが出てくるはずです。

このように問うことにより、
「狸以外の何か」の可能性を探り始めます。

そもそも狸は
何かを例えている表現なのかもしれない。

そこで、
「狸」という動物が
どのような動物として捉えられているかを考えるのです。

「狸」という言葉が入ることわざ、
物語、慣用句などを書き出し、並べ、
共通する狸のイメージを導き出す。

すると、
「ばける」「だます」といったイメージが
浮かび上がってきます。

古来から、
狸は「化ける」「だます」の象徴であった。

では、与謝蕪村は、
なぜ狸を使ったのか。

本当に狸なのでしょうか。

このように
子どもたちの思考を揺さぶった後に、
再度、尋ねてみます。

それぞれの意見を自由に発表させ、
最後は、もう一度この俳句を声に出して読み、
授業を締めくくるのです。

間違いなく、
初めに読んだ時に比べて、
解釈が深まっているはずです。

ちなみに筆者は、

秋から冬への季節の移り変わりを伝える
「北風の強さ」
を、
「戸を叩く狸」で表現したのではないかと考えています。

だからこそ、
季重ねを使い、
季節の移り変わりを強調していた。

他にも、
「たぬき=田抜き」という考えもあります。

季節の変わり目だからこそ、
稲を刈り取った田んぼの水を抜く。

その音を「たぬき=狸」として、
掛詞を用いて表現しているのだという意見です。

このような、
幾通りもの奥深い解釈を読み手に与える作品を、
わずか17音で表現
している名立たる俳諧たちは、
やはり天才と言わざるを得ません。

このような
俳句のネタ・授業・教え方を繰り返していく内に、
国語に目覚める子どもが少しずつ育っていきます。


「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」

次の俳句は最も有名なものの1つ。

誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、
世に知れ渡っている正岡子規の俳句。

例によって、
授業形式でお送りします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まずは、声に出して読ませる。

それぞれの読み方で一読した後に、
子どもたちに問いかけます。

この俳句は、数百、数千以上ある俳句の中でも、
名句とされています。
何が他の俳句との違いを作っているのでしょうか。

この大きな問いを頭に植え付けた状態で、
似通っている俳句を提示してみます。

視覚的にも両者を並べて比較。

改めて問います。

「寺」「鐘」「銀杏」など、
俳句を構成している要素や、
リズムはそう変わらないのではないか。

一見すると、そう見える。

さあ、ここからが、
教師の「発問」によって、
世界の広さと深さを誘っていくパーツです。

人間の感覚には、五感というものがあります。
▢に文字を入れてできる五感は何がありますか。

これは子どもたちも答えられます。

五感が何かをざっと確認。

さて、
「五感」の概念を確認したところで、
今度は「五感」という視点を使って、
先ほどの俳句を見てみます。

鐘をついているので、
おそらく音は鳴っているはず。
ということは「聴覚」は使っています。

銀杏や建長寺を見ているはずなので、
「視覚」も使っている。

さらに、もし、
鐘を俳句の語り手が自分でついているならば、
「触覚」も使っているはずです。

「建長寺」は、
3つの五感を使っている可能性があった。

では、「法隆寺」の方はどうでしょうか。

「鐘が鳴る」=「聴覚」

そして柿を食べているので、「味覚」

柿を食べていれば、
当然匂いもただよってきます。
つまり「嗅覚」

さらに、手で持って食べることによって
「触覚」を使っていることになる。

加えて、柿を食べるためには、
視界に柿を入れる必要があります。
よって、「視覚」も使っている。

つまり、
正岡子規は、わずか17音の中に、
五感全ての感覚を取り入れているのです。

それも気付かせないように、
「柿」「鐘」「法隆寺」という3つの物を、
さらっと関連付けながら、です。

知らぬ内に
人間の五感全てを使った言葉で、
読み手にもその五感を働かせ、
俳句を味わせている。

読み手は気づかぬとも、
なぜか「親しみやすさ」「感動」を抱いてしまう。

だからこそ、
多くの人に愛され、
名句とされてきたのでしょう。

わざわざ解説せずとも、
読ませるだけ
で、
これだけの感動を伝えてしまう。

正岡子規は、
まさしく言葉のマジシャンです。

そんな大人視点の感動も共有しながら、
最後にもう一度読ませます。

そして、最初よりも明らかに
「奥深く」が見える状態で俳句の音を味わうのです。


BRILLIANT_Sさん×歌

note界にも、
数々の巧みな言葉の扱い手がいます。

その1人がBRILLIANT_Sさん。

例えば、
丁度明日にあたる、
七夕を短歌にて歌いあげています。

牽牛(彦星)
織姫がお互いに歌を相手に届けている設定です。

🌿牽牛(homme)
吾妹子わぎもこに夜空仰ぎて願いぬる逢へぬひととせ忘るな心

愛しい人よ、私はいつも夜空を振り仰いで願いを託しているのだ。
逢えないひととせの間、決して私を忘れてくれるなと。

これに対し織姫の返歌は・・・

🌿織姫(female)
天の川さざれの星はわが心掬へとぞ見る夫つまよその手で

天の川に絶え間なく流れている小さな星々は、私が貴方を想う心。
わたしの想いを、愛おしい夫の貴方だからこそ、その手で掬ってほしいと思います。

そして最後は2人で共に・・・

🌿牽牛と織姫(homme et female)
きみ抱き比翼の鳥となる夕べ空を翔りて星ぞ瞬く

あなたを腕かいなにかき抱いて、伝説の「比翼の鳥」のように
仲睦まじく過ごす夕べですよ。
今宵の空に翔かけり飛ぶわたしたちの周りでは、星が祝福して瞬いていることでしょう。

かなり研ぎ澄まされた言葉の感性がなければ
このような言葉を生まれさせることはできません。

連歌に挑戦している記事もあります。

ひるがおのあなたのほほにふるおもひ
  ひるがお 仲夏(まさに今どき) 

歩行者b様note

これに対し、
BRILLIANT_Sさんが
解き放った連歌は・・・

ひるがおのあなたのほほにふるおもひ
浴衣の項うなじ俯向きて夏

ひるがおのようなほのかに染まるあなたのほほを拝見して、そこに去来しているであろう”おもひ”を想像している
俯向いている浴衣のあなたの項うなじにも、夏の訪れを感じていますよ。

まるでここの空間だけ、
現代ではない時空を超えた時間
流れているように感じます。


まとめ

日本人は、
緻密で繊細な作品を
数々の分野でつくりだすクリエイターが
多いと言われています。

その原点となる
クリエイティブ文化は、
巧みな言葉遊びから始まる、
「歌」のようなものから
進化してきたのではないか。

そんな風に思う時があります。

そんな日本人の芸術性の
原点
とも言える俳句や短歌。

そういった文化を伝えていくことは、
日本人の魂のようなものを残す上で、
とても重要なことなのではと感じます。

このような

「文化へのリスペクト」
「言葉への愛」
「豊かな遊び心」

なんかを、
大人たちが楽しんで、
子どもたちへ伝えていくことができればと
感じています。


この記事が、
良かった、役に立った、
BRILLIANT_Sさんを応援したいと思われた方は、
BRILLIANT_Sさんの記事に、
スキ、コメントをしてくださるとうれしいです!

共育LIBRARY×メンバーシップの仲間のコラボ記事は、これからも発信していく予定ですので、楽しみにしてもらえるとうれしいです♪



いいなと思ったら応援しよう!