パーソナリティ障害/境界例の病理(臨床心理的視点)
共育LIBRARYへようこそおいでくださいました✨
教育、人間、人生など、様々な「知恵」や「情報」が詰まった図書館のような、皆さんがくつろぎ、人生の「気付き」を得たり、知的好奇心を満たしたりできる居場所を目指しています😌
どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。
前回、
うつ病や摂食障害、強迫症といった
神経症水準の病理の症状を
ディープな視点で解説しました。
臨床心理の視点というものは、
なかなかSNSでも紹介されておらず、
書籍も高額でどこから入ればよいか分からない部分が多い。
よって、
大学院での授業で耳にする話は、
これまであまり触れてこなかった情報が
とても多いと感じます。
そういった視点を踏まえて、
今回は「境界例水準」と呼ばれるような
パーソナリティ障害界隈の病理を解説していきます。
差別的な響きをもっていそうで
あまり使いたくはないのですが、
いわゆる「メンヘラ」という特徴をもつ人も
含まれるでしょう。
なぜ、
境界例水準の人たちは、
他者を巻き込んでいくのでしょうか。
多少難解な内容も入るかもしれませんが、
何か気付きある記事になれば幸いです。
読み進めることに
途中で何か抵抗感を抱いた場合は、
直感に従って読むのを中断してもらってもよいと思います。
無意識が意識を圧倒する

前回の「神経症水準」において、
無意識こそは生命エネルギーの源であることを
解説しました。
神経症水準は、
意識と無意識の断絶が起こっていることが特徴でしたが、
境界例水準は、
それとは様相が異なります。
境界例水準の場合は、
逆に、無意識に意識が圧倒されていると言えます。
無意識が自我を
通り過ぎるイメージです。
無意識に圧倒されても、
平然と生きている人たちであるため、
傷み・痛みをあまり感じません。
よって、
意識で統御できないような
行動化する症状が多くなります。
代表的な行動がリストカットです。
意識のプロセスを抜かすので、
すぐにリストカットといった行動に走る。
自身の身体を切って、
「あ、これは自分の身体だ」
と確認していることになります。
オーバードーズなどもそうでしょう。
そんな境界例水準は、
根本的にはどのような不安を抱えているのでしょうか。
境界例が抱える不安

前回紹介した神経症水準の症状は、
コントロールを失う不安をもっていると述べました。
これに対して、
境界例水準の人が抱いている不安は何か。
それは、見捨てられ不安です。
境界例水準の症状をもつ人は、
母子分離の不安が強く残っているため、
見捨てられ不安を抱いています。
このことが何を示すのか。
それは、
境界例の症状は、
常に相手を必要とするということです。
よく聞くのが、
リストカットをした後に、
そのことをパートナーに何らかの形で知らせるというもの。
境界性パーソナリティの症状の場合は、
必ずパートナーが存在し、
行動化することによって相手に訴えることが目的となっています。
よって、
これまでは何とか適応的に過ごしていたのに、
親密なパートナーができることで
症状が花開くことが多いです。
先ほども述べたように、
不安や怒りを感じるとすぐに行動化してしまうため、
見捨てられる不安を感じるような別れ話を仄めかすと、
過度な行動化に走ります。
おそらく、
パートナーだけで対処できる問題ではない。
境界例の人は、
過度に、簡単に、感情が反転します。
例えば、
セラピストに会ったときは、
「この人は私のことを何でも分かってくれるすごい先生だ」
と勝手に相手を神格化する。
しかし、
しばらく経って
相手の中に気に入らないところを見つけると
「この人は見せかけだけの人で頼りにならない」
と簡単に反転する。
そんな境界例水準の症状をもつ人には、
どのような治療方針を立てていくのでしょうか。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
