心理治療における「枠」の重要性
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人目が気になってしまう。
人から嫌われるか不安。
人にお世話を焼きたがってしまう。
過剰に他者に愛情を注ぎ込んでしまう。
多かれ少なかれ、
このような特徴や体験をもっている人は
一定数いると思います。
多少特徴がある程度で
現実的に適応していれば問題ないですが、
一定ラインを越えると、
これらは過度な依存や過干渉という現象を
起こしかねない。
上記のような特徴の裏に
共通している要素が存在します。
それが、「境界線」です。
「自分と他者は違う」
という言葉にすると当たり前の感覚を、
本当の意味で自身に落とし込んでいる人は
実はそこまでいないのかもしれません。
そして、
メンタルヘルスのバランスを崩してしまったり、
心理治療を受けるような方は、
境界線のあいまいさが
問題の構成要素となっていることも多いです。
その部分にアプローチするために、
心理治療の中で非常に重要視されているのが
「治療の枠組み」という概念です。
「枠組み」や「枠」というものが
なぜこれほど重要視されているのか。
今回はその部分を
深堀する記事にしていきます。
何か気付きある記事になれば幸いです。
多重関係

心理治療においては、
45分という治療時間であれば
その時間を殊更重視します。
仕事なので当たり前ですが、
45分が経てば、
例えクライエントが延長の意思を示しても、
時間通りきっちり終わらせます。
このように、
「枠組み」というものは、
両者が合意の上で守る
ルールや境界のようなものです。
心理治療の中で
守秘義務が極めて重要視されるのは
イメージできると思いますが、
それと同じぐらい重要視される枠は、
「多重関係を結ばない」というものです。
要するに、
クライエントとセラピストの二者が、
治療室以外で関係を持たないということ。
セラピー以外で、
ちょっとした相談に乗ったりもしない。
よって、
知り合いにセラピストがいるから、
その人に治療を頼もうとするのは
NGということです。
初対面として
セラピストとクライエントが出会い、
治療の中でのみ2人は出会うのが原則。
なぜか。
このような枠組みを守らなければ、
確実に治療関係に歪みが生じていくからです。
治療以外のプライベートで
クライエントに会ったとします。
クライエントにとっては、
セラピストはセラピストなので、
雑談中の言葉も全て治療行為として受け取る可能性がある。
また、
セラピストの中に、
友人や相談者の役割を見出し始めると、
治療なのか相談なのかの境界があいまいになり、
実際のセラピーの治療効果が薄まります。
ましてや、
親戚のセラピストにセラピーを頼めば、
クライエントは、
私の情報が親戚に流されるのではないかと
心から安心して治療を受けることができない。
最も境界がぐちゃぐちゃになるのは、
セラピストとクライエントが
治療室の外で恋愛関係になる場合です。
境界例の症状をもつクライエントは、
症状の特徴上、
治療者に恋愛感情を抱いてしまうことが多い傾向があります。
実際にそのような関係になってしまう
ケースがあるようですが、
そのセラピストは心理士として失格。
余計にクライエントを苦しめて、
病態をさらに悪化させて、
他の治療者にクライエントを回すという
最悪の結果を招いてしまうことになります。
スクールカウンセラーや、
児童心理治療施設など、
治療室以外でも関係をもたざるを得ない場合もあります。
そのような仕事は、
また独自の難しさがあるのでしょうね。
養護施設における枠

児童相談所に一時保護され、
児童養護施設に入所する子どもは、
ほとんどの場合虐待を受けています。
そのような子どもたちは、
殊更、境界があいまいになっている。
よって、
そのような子たちの共同生活は、
共依存状態や他者への暴言暴力、
コントロールや支配という
境界がぐちゃぐちゃの世界となります。
そのため、
まず養護施設の中では、
時間通りスケジュールの行動をすることが重視される。
曜日ごとに、
時間通り、スケジュール通りの生活に慣れる。
その柱となる変わらない枠が存在するからこそ、
空間や時間に対する安心が生まれていきます。
そのような、
場所や時間の境界が定まっていなければ、
人同士の境界が定まっていくことはありません。
その上で、
セラピーを行いつつ
人間同士の枠組みも少しづつ体験させていくのです。
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