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母子分離不安と癇癪

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教育、人間、人生など、様々な「知恵」や「情報」が詰まった図書館のような、皆さんがくつろぎ、人生の「気付き」を得たり、知的好奇心を満たしたりできる居場所を目指しています😌

どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。


臨床心理の分野に
これまで関わる機会がなかった人も、

「母子分離不安」

という言葉は
聞いたことがあるのではないでしょうか。

また、幼少期に、
こどもの

「癇癪(かんしゃく)」

で悩んだという人も
一定数いるのではないかと思います。

母子分離不安や癇癪は
セットで発生する場合も多く

筆者はなぜそれが起こるのかという
背景がぼんやりとしか
掴めていませんでした。

しかし、
母子分離不安や癇癪を抱える児童と
様々接していくうちに
少しずつその輪郭がはっきりしてきた気がします。

今回は、母子分離不安と癇癪について
掘り下げてまとめていきます。

何か気づきある内容になれば
幸いです。



母子分離不安と癇癪

母子分離不安は、
保育園や幼稚園、学校などで
よくみかける症状です。

小学校でよくあるのは、
集団登校をすることができず、
母親と靴箱の前まで来る
のですが、

いざ母親が子どもを置いて帰ろうとすると、
癇癪が爆発する
ことがあります。

一方で、
一旦教室の中に入ってしまい、
親の存在もすっかり意識の外にいって
しまえば
学校では楽しそうに過ごしている。

このような様子が、
小学校でみられる典型的なパターンです。

共通点としては、
養育者と離れる「分離」の場面にて
癇癪が起こるということです。

養育者と言いましたが、
これが父親であった場合は
癇癪はそこまで大きくならない
場合が多い。

例外はありますが、
特に母親との分離に対して
起こることが多いと言えるでしょう。

それとは別に、
癇癪だけが単独で起こるパターンもあります。

例えば、

「〇〇のお菓子買って~!!」

のように、
自分の欲求が満たされないときに
泣きわめいたりですね。

筆者の感覚では、
母子分離時の癇癪も、
単独の癇癪も、
根本の部分では同じものが流れている
と感じます。

では、まず
母子分離不安や癇癪は、
どこから始まっているのかを
深めていきたいと思います。


家の基礎の部分

母子分離不安や癇癪において、
何となく想像できるかもしれませんが、
共通の重要な部分は安心感です。

そこの根底の部分に、
少なからず多少のぐらつきがあると
思われます。

母子分離不安のある児童の
成育歴を探っていくと
共通項が浮かび上がってくることが多いです。

最も顕著なのは、
乳児期に、母親と分離された体験があること。

例えば、
緊急入院する必要があり、
母親と1ヵ月離れた経験がある
などです。

乳児が緊急入院の場合もありますが、
母親の方が離れざるを得ない場合もあります。

他には、
産後うつなどにより、
母親の精神状態が優れない場合もあるでしょう。

他にも、
仕事の都合で
1歳ぐらいから保育園に預けるパターンもあります。

乳時期の分離体験は、
場面緘黙の子どもの過去を探っていくと
同じようによく見られたりします。

乳児期は、
まだ自我もありませんし、
完全に養育者に依存している状態です。

言い換えれば、
一体化している状態。
別々の存在ではなく2人で1つの存在

そこから、
母親のもっている安定した愛着の基盤、
家の基礎の部分を
一体化しているうちに移していく
ことになります。

情緒的には1つの精神体なので、
母親の中にあるものが、
少しずつ乳児にも移されていき、
内在化されていくのです。

家の基礎や、囲いの部分ができると、
乳児の心を囲うヴェールのような守りができる。

このヴェールが、
まだ見ぬ外界の不安や脅威から
安心して守ってくれる囲い
となってくれるのです。

それは、
物理的にも母親に抱っこされ、
終始一緒に一体化している中で
つくられていくもの。

乳児期に分離体験があるということは、
その基盤の部分に不備や歪みが生じやすくなる

「人見知り」も、
同じようなものが根底に流れている場合があります。

安心感の基盤となる、
家の基礎部分や
自分を守ってくれるヴェールが希薄だからこそ、
外界の不安や脅威に過敏になってしまうと言えるでしょう。

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