iPS細胞研究 山中伸弥さんに聞く―ビジョンを持つことの大切さ
こんにちは。京セラ広報室のKaneです。
今回は、ゲストをお迎えし、各界のリーダーやプロフェッショナルの皆さんに、信念や仕事観について伺いました。
京セラの企業哲学「京セラフィロソフィ」とも重なる考え方に触れながら、インタビューを通してお届けします。その言葉が、どのような経験から生まれたのか ー 背景にあるエピソードもあわせてご紹介します。
今回お話を伺ったのは、京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授の山中伸弥さんです。
2006年にiPS細胞をマウスから作製したことを発表し、2010年に京都賞(先端技術部門)、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました。
現在も研究に取り組む山中さんに、当社創業・ 稲盛和夫との接点や変化の激しい現代だからこそ必要な「ビジョン」を持つことの大切さについてお話を伺いました。

稲盛和夫との交流で印象に残る「走り方」と「利他」
―まずは、京セラ創業者 稲盛和夫との接点を振り返ってください。
最初は2004年、奈良先端科学技術大学で自身の研究室を立ち上げて数年が経った頃です。まだiPS細胞ができていない時期ですが、公財)稲盛財団より研究助成金*を頂き、その贈呈式で初めてお会いしました。かなりたくさんの若手研究者が助成を受けていたことを覚えています。贈呈式では、稲盛さんが一人一人と丁寧に握手をされていることに感激しました。私でも名前を知っている日本を代表する経営者の方が直接、固い握手をしていただいたことを昨日のことのように覚えています。
*国内の若手研究者を対象とした独創的で優れた研究活動に対して、1件100万円を助成する事業
―京都賞を受賞される前に接点があったのですね。
研究助成金贈呈式の次にお会いしたのが、2010年に京都賞*を頂いた時です。稲盛さんとの最初の接点から6年でiPS細胞ができているとは自分でも思っていなかったので、こういった形で改めて稲盛さんとお会いできたのはうれしかったです。受賞式前後の会食でもすごく親しく話をさせていただいたのですが、会食の途中で稲盛さんは中座をされまして、何だったんだろうと僕がトイレに行く途中でふと見てみると、一生懸命京都サンガの試合をテレビで見ておられました。サンガが本当にお好きなんだと感じました。京セラの女子陸上部の応援にも熱が入り、時に檄を飛ばしている姿をお見かけしたこともあります。
美味しそうにお酒を飲まれたり、サンガの試合を一生懸命応援されている姿と、経営者やリーダーとしての厳しい姿と、両方の顔をお持ちなんだなと実感しました。
*稲盛和夫が設立した財団により創設された、日本発の国際的な賞です。科学技術や基礎科学、思想・芸術の分野で人類の発展に大きく貢献した人物に贈られ、1985年から毎年授与されています。
―その後、共著「賢く生きるより、辛抱強いバカになれ」を出されています。
2014年に発刊された書籍の対談企画でお目にかかりました。2回に分けて何時間か対談させていただきましたが、今思えば大変貴重な機会でした。私は当時52歳。稲盛さんは神様みたいな方ですから、対談というよりは、私が稲盛さんのお話をひたすら聞くみたいな形でしたね。
鮮明に覚えているのは対談の冒頭です。私もiPS細胞研究所の所長というリーダーの立場で、iPS細胞研究の医療応用には相当な時間がかかることを覚悟して取り組んでいましたので、私が好きなマラソンに例えて、「私はペースを考えて、最後までばてないように考えて走っています」と言ったら、稲盛さんが即座に、「僕は違う。僕はいつも全力疾走だ」と言われて。それで、私も即座に「いや、申し訳ございません」となりました(笑)。
―対談で、その後の山中教授の取り組み方に影響を及ぼした部分はありますか?
やはり繰り返し言っておられた「利他」ですね。私も物事を決断するときに、それは自分のためか、それとも組織全体や社会全体のためなのかということをすごく考えます。そのように考えることができたのは、やはり一度だけでなく、何度も何度も稲盛さんに話していただいたおかげだと思います。リーダーとして、大切だからこそ繰り返し何度も言うことは、簡単なようで実は非常に難しいですが、それを最後まで貫かれていたんだなと強く感じました。
ビジョンを持つことの大切さ
―山中教授は、変化の激しい今の時代を、何を拠り所にして生きていくべきだと思いますか?
自分が生涯をかけて何をしたいのかという「ビジョン」をしっかり持っているかどうか。私はこのことがとても重要だと思っています。私たちの場合は、端的に言うと「科学の力で病気をやっつける」というのがビジョンですので、それに対して、正しいことをしているかどうかというのが、私にとっての判断基準になります。ビジョンを忘れたり、ビジョンがブレると判断もブレることになります。何のために行うのかという、しっかりとしたビジョンを、個人としても組織としても持つことがとても大切です。そして、リーダーの役割は「ブレないビジョンを提示して、頑固に何度も何度も示すこと」だと思います。
―研究所内にも、ビジョンが何カ所も掲げられていると伺いました。
ビジョンは一度聞いて分かったつもりでも、すぐに忘れてしまいますし、言ってる本人やリーダーが忘れてしまったりすることもあります。だから、言葉にして話したり、ことあるごとに毎回書くことはとても大切です。頭の中で思っているだけだと、都合が悪くなると変えたり、時には忘れたりもしますが、言葉に出したり文字に書くことでブラさずに進められます。

iPS細胞研究の現在地
―2006年のiPS細胞作製を発表してから20年が経過しましたが、今はどのような状況でしょうか?
iPS細胞は「再生医療」と「創薬」の大きな二つの目的で研究が進み、それぞれでようやく患者さんに届きつつあるというのが現状です。何十人という患者さんに臨床試験という形で届いている段階ですので、まだ道半ばです。これからは、何百人、何千人、さらに何万人という患者さんに届けられるよう、まだまだ頑張らないとダメだなと思っています。iPS細胞の発見から20年でここまで来ましたが、本当の意味で多くの患者さんに届くのには、この先まだ10年、20年とかかるんだろうなと思います。

―3月上旬には、iPS細胞を使った二つの再生医療製品について、条件付きで製造販売を承認したと厚生労働省から発表がありました。
これはもちろん大きな一歩です。しかし、高校野球で例えれば、県や府の予選をなんとか通って、いよいよ甲子園の出場が決まった段階と言えるでしょう。これからが本番というのが今の現在地です。国や一般の方からもiPS細胞研究の医療応用が期待されていますので、iPS細胞研究所は今後も日本のみならず、世界におけるiPS細胞研究の原動力でありたいと思っています。
―今後実用化を進めるにあたって、大切なポイントはどういったところでしょうか?
患者さんが待っていますから、スピード感も大切ですが、やはり「安全性」が最重要です。焦って本来すべきことを省くようなことが決してあってはなりません。「急がば回れ」という言葉もある通り、やるべきことを着実に積み重ねることがゴールに最速で到達できるポイントだと思います。

ビジョンとワークハード(VW)
―ご著書を拝見すると、「ビジョンとワークハード」というキーワードがよく出てきますが、それについて教えてください。
非常に単純な教えなのですが、まず後者のワークハードは、一生懸命働くことを指しています。日本では、企業も研究者も伝統的にこのような文化があると思っています。前者のビジョンは、何のために一生懸命働くのか、ということです。一生懸命なんだけれど、何のために働いているか、何のために勉強しているか、何のために日々実験しているかへの意識が、特に日本人はあまり強くありません。
例えば今度の試験に通りたいから、いい論文を出したいから、昇進したいから、給料を上げてもらいたいからといった、目先の目標をビジョンと勘違いしている場合がもしかしたら多いのではないかと感じています。
―山中教授からご覧になって、ビジョンへの意識の弱さは、やはり日本人特有の傾向だとお考えなわけですね。
私は、日・米で活動していますので、その比較でいくとやはり日本人のビジョンへの意識の弱さは感じます。アメリカの方は、壮大なビジョンを持っていますし、教育環境から見ても ”語る”のが上手な人が多い印象です。日本人は控えめな教育を受けていて、少なくとも私のような昭和世代は、あまり目立つな、という教育を受けてきました。「出る杭は打たれる」みたいなところがありましたが、逆にアメリカは「出た方がいい」という発想です。小さい頃から、これをしたいんだ、と少なくともしっかり口に出しているんですね。
「自分が本当に何をしたいか」というのは、なかなか簡単には見つからないと思いますが、まず考え、自分がこれからの残りの人生を通してこれをぜひやりたいという、夢中になれるものを見つけることができ、それに向かって一生懸命働くことができたら、それは本当に幸せなことだと思います。
生きていくためには何らかの形で働く必要はあって、その中で人間として一番幸せなのは「自分がやりたいことと生きていくために働くことが一致する」ことだと思っています。また、自分のビジョンと組織のビジョンが一致したら一番頑張りがいがあると思いますね。
日本も働き方改革でワークハードが難しくなっている部分もありますが、本当に自分がやりたいことがあってそれに向かってワークハードで取り組んだら、それは義務感でもハードでもなくなるはずです。「やりたいことをやっているだけなので、ワークハードが楽しい」と思えるようになることが一番幸せだと思います。
―今の若い世代のビジョンの描き方をどのようにご覧になっていますか?
私たちの時代とは確実に変わってきており、ビジョンを描く、言葉にする、ということがとても上手になってきていると感じます。それは、日本にいても、ネットやSNSで世界の情報が入ってきますし、英語教育一つをとっても、生きた英語を学べるなど、私たちの世代とは異なっているからです。本当に生きた英語や世界の生の姿を見られる環境で教育を受けることで、日本人とアメリカ人の差は、昔ほど無くなっているように感じます。

正しい「型」と正しい「失敗」
―研究所の所長として長年研究に取り組む中で、成果を出すために、リーダーとして意識されたことは何でしょうか?
まず成果をどう定義するかですが、例えば「成果=論文」と捉えた場合、自分の研究室を見ても、ものすごく頑張って努力をしている学生さんに限って研究が思ったように進まず、なかなか論文が出てこないことがあります。一方でそこまでの努力をしていなくても、すごい成果が出て、論文を出せることもあります。実験や研究というのは運・不運の部分もあるので、論文という成果だけで判断してしまうと、その人の研究者としての能力やモチベーションを見誤ってしまうことがあります。だから私は結果だけでなく「努力の過程を見る」ということが非常に大切だと考えています。
―努力の過程で大切だと考えることは何でしょうか?
運の要素はありながらも、努力をしっかりしていると、いつかは大きな成果につながるチャンスはどんどん増えていくと思いますが、特に学生には、「努力のやり方が正しいかどうか」というのが非常に大切だとよく話します。人間だれしも一度や二度は失敗することがあると思いますが、「正しい失敗(良い失敗)」と「正しくない失敗(悪い失敗)」があると思っています。正しい失敗というのは守るべき作法をきちんとやった上で起きた失敗のことで、その良い失敗からは学びがあります。実験で大切な、対照実験を省いてしまったり、手を抜いたりすることで起こった失敗は、守るべきことができておらず、単なる時間の無駄になります。だから正しい作法がやはり重要です。
私が京都賞を受賞した数年後に歌舞伎俳優の坂東玉三郎さんが受賞され、講演を聞く機会がありました。坂東さんはどんどん新しいこと、言ってみれば ”型破りなこと”を次々取り入れて成功されていますが、坂東さんの言葉を借りれば、型を破りたかったらまずは「しっかり型を学ぶこと」だということでした。型を学ばずに何かやっても、それは型破りではなくて「型なし」だと。その時に、なるほどと大きな気づきを頂きました。
研究にも作法や型があります。①しっかりした目的をもって、②しっかり対照実験を毎回省略せずに行い、③出たデータは最後まで解析をする、という3つの型が一つでも欠けたら「型なし」で、悪い失敗です。
どんな仕事をしていく上でも、「型」というのは必ずあって、それを学ぶのが新人の頃でしょうし、それを教えてあげるのが上司や先輩の役割です。正しい型を学んで正しい努力をしていても、成果が出ないことの方が多いのですが、上司やリーダーはその努力を認め、出た成果が運だけなのか、努力をしているのかを見極めることが大切だと思います。
―その意味でリーダーがしっかりと部下や周りを見る必要があるわけですね。
僕たちは研究費をもらうために文書で申請書を出すわけですが、文書では結果しか書けないため、この人が本当に正しい努力をできる人なのかを評価するのは極めて難しいわけですね。どういう論文を出したかということだけで見てしまうと、大きな発見を促す”ブレイクスルー”を起こす可能性を見逃してしまうかもしれません。
他者に伝わってはじめて研究は完成される
―リーダーとして、自分の言葉で伝える大切さに関しては、どのようにお考えでしょうか?
アメリカ留学時、最初に研究所のボスから言われたのは、研究というのは、実験で成果を出すことに加えて、それを他の人に伝えられてはじめて完成される、ということでした。特に私たちは実験医学なので、実験をしないと始まらないのですが、いい成果が出たらそれで研究が完成かというとそうではなくて、その素晴らしい成果をどう他の人に伝えるかが重要だということでした。実験が50で、他者に伝えることが50で、それくらい伝えることは大切だと教わりました。
―本日インタビューしている私たちは、コミュニケーション部門です。伝えることの難しさを日々痛感しています。
伝える相手は同じ分野の研究者の時もあれば、違う分野の研究者のこともあります。京セラの皆さんのようなビジネスの方や、時には小学生の場合もあります。伝える相手によって伝え方は当然変わってきます。それをいつも同じように、専門家にしか分からないように伝えるというのは「伝えていることにはならない」と思っています。だからこそ、伝えるためにはものすごくトレーニングが必要です。私は今でも様々な人たちに向けてお話しする機会が多いのですが、毎回挑戦で、上手くいく時もありますし、反省する時もありますね。同じiPS細胞の話をするにしても、全く違う言葉を使いますし、話の内容も大きく変えます。1時間の講演をするためには、その数倍の準備が毎回必要で大変なのですが、それくらい伝えることは難しく、大切なことだと思います。
一人でも多くの患者さんのために
―山中教授の今後の目標を教えてください。
研究においては、2つ目標があります。1つはiPS細胞の臨床応用を進め、「企業の橋渡し」をしていくことです。名誉所長と教授を務める京都大学iPS細胞研究所はあと2年で定年を迎えますが、6年前に始動した京都大学iPS細胞研究財団では活動を続けます。私たちだけでは何万人という患者さんには届けることができませんから、国内外の企業に、iPS細胞を正しい形でバトンタッチできるようにしていくのが一つの目標です。
もう一つはアメリカの研究所で中心に進めている「NAT1」という遺伝子の謎を解くという研究です。iPS細胞研究の前から取り組んでいるテーマで、少しでも解明していきたいと思っています。

プロフィール
1987年に神戸大学医学部を卒業後、臨床研修医を経て、1993年に大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了。米国グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任。2010年より京都大学iPS細胞研究所所長、2022年より同名誉所長。2007年より米国グラッドストーン研究所上席研究員を、2020年より公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団理事長を兼務。2006年にマウスの皮膚細胞から、2007年にはヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞の作製成功を発表し、これらの功績により2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞。
