『ブラックパンサー』|2025:映画の記録 vol.15
(前回はこちら)
はじめまして、京です。
MCUの中でも個人的にはダントツ異質な作品で、いつも観る前から心が躍る作品。
今日も今日とて、MCU↓
『ブラックパンサー』
"完璧が故にの一作"
今回はある物語から。
「男は、王国から離れた地で祖国、そして黒人の地位向上のために活動していた父を叔父に殺される。そして男は誓う。その事実を隠蔽するため自分の存在を無き者とし、栄華を極める叔父一家への復讐と祖国を取り戻し亡き父の悲願の達成を。」
↑これはこの作品の主人公の話ではなく、ヴィランであるキルモンガーの物語。
こんな風に視点が違えば(ヒーローではないにせよ)主人公に成り得れたかもしれないほどの魅力と奥行きを兼ね備えたヴィランなんて、数多あるヒーロー作品でもそうそういない。そう思えるほど完璧なヴィランで、対照性と対称性を兼ね備えた見た目も最高にイケてる。
でもそんな最高のヴィランだけでなく、そこにヒーローサイドのキャラクターの魅力が加わることで完璧な作品に仕上がってる。
どのキャラクターも軸と個性があり、キャラ立てがしっかりされているのが良い。だからこそ、物語内での、国家(秩序)と情の狭間で、苦しみながらも決断していく様子に最高に心揺さぶられる。(とくにオコエやラモンダが魅力的)
あとはストーリー。
戦いによる継承などの仕組みの説明と後半でそれが生きてくる、すごく丁寧な造りに感心させられる。
民族的な作品ジャンルもすごく好きで、その広大な自然や異文化との出会いは、新しい視点と力をもらえる(吹き替え派なんだけど、なんとなくこの作品だけは字幕で見る)。『シャン・チー』のときも言った気がするけど、MCUの一作品としてだけではなく、これぐらい個々のオリジナリティが出ている作品が私は好み。
そして最後の名演説。
マーベル作品は、時折こういう現実の問題とリンクさせることで、娯楽映画の枠組みを超えた芸術作品への巧みな昇華が見られるのが良い(このあたりもアカデミー賞に刺さった要因なんだろうな)。現実の問題の昇華といえば、『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』もまさにそう。
唯一気になるのが終盤のCG(VFX)。
ちらほら怪しいシーン(大きくワカンダの景色が映るとことか)はあったけど、戦いを終えてからのここ一番ってシーンで、(光の当たり方なのか同じ空間にいないような)その粗さが顕著に出てしまったのが、うーん。それ以外が完璧なだけに本当にもったいないと感じてしまう。
そう言えば、いつになったらホワイトウルフの伏線回収されるんやろ。『サンダーボルツ』でも回収なさそうやし、ただの原作勢へのファンサだったのかな?
以前見たときは気づかなかったんだけど、特別仕様のオープニングに差し替わってるのな。こういうスタジオのキャストへのリスペクトって素晴らしいよなと。(詳しくはワカンダ・フォーエバーの方で)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
72日目
だいたい1000文字超えてしまう。
