ここから、再びーー『デアデビル ボーン・アゲイン Season2』|2026:ドラマの記録 vol.14
MCUは始まったのかもしれない。
フェーズ6以来のMCU作品の、クリエイターたちの手加減や容赦のなさには本当に賛美を送りたい。前シーズンも素晴らしかったけれど、やっぱり制作過程のゴタゴタを感じずにはいられないような少しチグハグな部分もあったのも事実。でも、今作はそんなことを一切感じさせない、マットとフィスクを中心として『デアデビル』の世界だけを描いた一貫性のあるシリーズに感じた。
本当に最高のドラマなのに、それでいて最悪
でも、そのためにはマットは永遠に苦しみ続けなければいけない。どこまでも救いようがないというのが最悪で、それこそが、このドラマの魅力だと思う。スーパーパワーを持たないからこその等身大の人間としての痛みや苦しみ、そして孤独。それでも、彼はなぜ戦うのかと常に問いかけるような作品づくりが見事。
そして、フィスク
そんなマットを地獄の底まで追い詰める、至高のヴィラン。それこそ、DCの生んだあの最高のヴィランに筆頭するかもしれない。死んだ英雄というプロパガンダとして利用しようと市民の心を掌握しマットを阻み、そして、自分の権力を示すためだけに、彼の司法という居場所すらもただの見せしめの場とすることで、マットの信じる「法と正義」すら踏みにじる極悪。マジで、FISK YOU!
アクションも圧巻
アートとしてもエンタメとしてもこだわりの感じる、心揺さぶられるものばかりだった。絵画の前でのマットとフィスクの戦いも絶品だったが、3話のワンカットのように展開されるアクション。Disneyにはこんなアクションを撮れる制作チームがあるんだな、と感動させられた。
さらに、ブルズアイ
シーズン1の彼からは想像もできない、ミステリアスでとても魅力的なキャラクターに仕上がっていた。序盤は物語をかき乱しにかき乱し、救済と贖罪というマットとは違い道を外したものの、彼と同じものを求めているのがわかった瞬間、彼も最高のキャラクターの一人になった。あとは、シンプルに戦闘スタイルとビジュがいい。
あとは、5話やったな。
これは反則だからな。ウェスリーに、そしてフォギー。ネトフリ版のシーズン1の時系列を軸に、ブルズアイとバックという2人のキャラクターを深ぼっていくなかなか不思議な構成。いやぁ、バックもいいキャラクター。ジェネリック・ウェスリー(というと申し訳ないが…)だった彼のフィスクへの忠誠心が見えてきたし、そのうえでダニエルとの関係は、ウェスリーとは違う人間らしさも見えるいい表情だった。
そして、最終決戦
実際には最後ではないが、フィスクとマットのある意味での決着の場に裁判所を持ってくるというドラマでしかない展開。かつてフィスクが自分の権威を示すために踏みにじった司法という舞台で、その思惑を断ち切る見事な最後だったと思う。
"私がーー"
おかえり、MCU。サノスとの決戦以降、(アース616の)ヒーローはもれなく英雄になり、その正体の秘匿が曖昧になっているなかで、その意志を貫き続けたマット・マードック(デアデビル)だからこその、この発言の重み。かつての"彼"と同じように、地位や名誉のためでは無く、その開示によるすべての責め(攻め)を背負い、誰かを守り抜くための覚悟の表明。痺れたね。
『デアデビル ボーン・アゲイン Season2』でした。
見事に2人の物語に決着をつけながらも、まだまだ終わりそうにないこのデアデビルの物語。いつになれば、マットは幸せを手に入れることができるのだろうか。世界から悪がいなくなったときか、あるいは…。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
29日目
