『まあ、いっか。』って結構大切。いや、だいぶ大事!
私は完璧主義である。
自分で満足しないと、完結することが難しい。
完結するって大切なことなのに、満足できないから
終わらせることが難しい。
こだわりすぎるし、丁寧にやりたすぎて、全然なにも完成しない。
そして、途中で投げ出す形になる。
あんなに時間かけたのに、
あんなに頑張ったのに、
ちゃんと形にならないまま、
たくさんのものを捨ててきた。
形にするって大事。
終わらせるって大事。
そこには絶対必要になってくる言葉。
『まあ、いっか。』だ。
私はその魔法の言葉を夫に教えてもらった。
最初は、なんだそのずるい言葉は!!
とちょっと怒りさえ覚えたくらい、
私の中に『まあ、いっか。』
は、全く存在しないものだった。
でも、夫は私に、
『まあ、いっか。』の良さをことあるごとに教えてくれ、
「とりあえず言ってごらん」と何度も使うことを勧めてくれた。
それでも、私の中に取り込むことをしばらくはしてこなかったように思う。
私って、なんて頑固なんだ!
でも、頑張ってないと自分には存在価値が無いと思っていた私にとって、
『まあ、いっか。』なんて、
とてもじゃないけど、使っちゃいけない言葉だった。
頑張らなくてもそこにいていい。
私のままでそこにいていい。
自由に暮らしていい。
そう思えたのは、『まあ、いっか。』を教えてくれた夫からの愛情のおかげだ。
『まあ、いっか。』と、適当に物事を終わらせても
夫は私を責めることは一切しない。
むしろ褒めてくれるのだ!
「おぉ〜!!まあ、いっかって使えたね!そうそう、その調子!」
段々、私の使うハードルも下がってきて、よく使うようになった。
夫は言う。
「君の“何もやっていない“は、他の人からしたら
“結構やっている“くらい、頑張りすぎている。
君の“ちょっとやった“は、“十分すぎるほどやった“ということ。
それくらいいつも頑張りすぎている。
全然力を抜いていっていいよ。」
と。
え?そうなの?
いつも夫は私を楽にする。
日々の小さな出来事も
人生の大きな節目でも
夫がいつもいつも私に気を抜いて生きることを教えてくれた。
でも、私は知っている。
『まあ、いっか。』の大切さを説いてくれた夫こそ、
頑張り続けてきてるということ。
だから、『まあ、いっか。』の良さを知っていて、
力を抜く大切さを知っている。
私は今、私のこどもたちに『まあ、いっか。』の使い方を教えている。
使い方を教えた本人が、上手に使いきれていないといけないから
私も『まあ、いっか。』使いマスターをとことん目指せる!
家族みんなで『まあ、いっか。』
自分を許すと、みんなも許せて、
みんなで笑って『まあ、いっか。』
どんな時でも『まあ、いっか。』
『まあ、いっか。』が使えていない私だったら、
noteの公開するのボタンは一生押せなかっただろう。
だから、いつも、何度か読み直して、
ある程度になったら、『まあ、いっか。』で公開する。
そうしなきゃ、絶対ここまで記事なんて書けてないし、
何も完成させないまま、何も出来てなかった。
たくさんの足跡を残せているのも
夫から教えてもらった『まあ、いっか。』のおかげ。
