選び抜いたのはどのこえ?
言葉を栄養にして、成長していく花の物語。
ある夫婦が花のタネを植えた。
2人でタネを選んで、育てていくはずだったのに──。
いつも元気でスクスク育ち、芽が出て、葉がついた。
すぐ怒る男に、いつも機嫌良くいてほしかったから、耳を澄ませることが得意になった。気分を読み取り、ご機嫌にすることに全力を注いだ。元気でいれば、喜んでくれるから、精いっぱい家の中を明るくした。そんな葉を、女はよく褒め、優しく言葉をかけてくれた。
どんな花を咲かせたらいいのか考える日々。
「なんだよ、今日は元気がないな!そんなんじゃ買った意味無いだろ。もう、枯れそうなお前なんか、わざわざ育てる価値なんかないよ。」
葉は、ショックを受けて、元気が無くなっていく。元気がない葉に発破を掛けようと、不器用な言葉遣いではあったが、男なりに応援していたつもりだった。
『自分なんか価値がないんだ』と、違う意味でその言葉を受け取った。スクスク育っていたのに、急に枯れそうになった。
女は、励ますようにこう言った。
「ねえ、あなたを買うときに、夫はこう言ったの。俺は育てる自信無いから買うなよ。って。でもね、タネを見た時、どんな花を咲かせるのだろうって、私は楽しみで絶対育てたいってお願いしたの。私には、あなたが全てよ。」
一見嬉しい言葉だったが、買うなと言っていた言葉が、引っかかった。
『ふたりに選ばれて、望まれたわけじゃ無かったのか』と、落ち込んだ。
やがて、夫婦は喧嘩が絶えなくなった。
花を咲かせる前に、男の怒鳴り声で、今にも枯れそうだった。女は、男がいない間、ずっと葉に向かって、男に対する愚痴を言い続けた。苦しかった。逃げたかった。けれど、逃げたってどこにも行くところはないし、逃げ方だってわからない。何を栄養に生きていけばいいのか、わからなくなっていた。『もう枯れてもいいや。』そんな思いで毎日を生きていく。
部屋中に響く、汚い言葉の数々。それらを拾って、人喰い花に成長することだってできる。
しかし、花はそうしなかった。このままじゃ本当に枯れると思っていたけれど、生きる意味を考え続けた。
通り沿いの窓辺に置かれていた葉。いろんな声が聞こえる。親子の優しい会話。長年連れ添った夫婦のお互いを思いやる、愛に溢れる会話。弱っていた葉は、こんなに綺麗な言葉があるのかと驚き、人々の優しい声で成長していった。
やがて、たくさんの言葉を栄養に、綺麗な花を咲かせた。「綺麗」「可愛い」と喜んでもらえ、その言葉を栄養に、また綺麗な花を咲かせる。人の役に立てることが何よりの喜びだった。
人を喜ばせるための花ばかり咲かせてきたけれど、ある日、自分が咲かせてみたい花の存在を知った。決して、みんなに喜ばれる花ではなかったが、絶対この花を咲かせたい!と、強く思うようになった。
花はこの時、自分にも心の声があることを思い出した。芽だった頃は、自分の声に従い、自由に生きていたはずなのに、いつしか周りの声ばかりに耳を傾け、自分の声を失っていた。声の存在に気付いて、嬉しく、懐かしく思えた。
夫婦からひどい言葉ばかりを与えられたこの人生。花は、ずっと、不幸だと思っていた。でも、本当は分かっていた。
タネを買ってくれる夫婦がいなかったら、生まれてくることさえもできなかった。ここまで育ててくれなければ、花を咲かせることすらできなかった。ひどい言葉の中にも、不器用な愛情が詰まっていることも本当は気付いていた。だからこそ、ここまで生きてこられたのだ。
花は、葉の時期に拾ってきた言葉も、記憶している。だからこそ、今マイナスな言葉ばかりを拾って生きている人たちのために、癒せるような花を咲かせることができる。でも、本当に人を喜ばせるためには、まず自分を喜ばせる花を咲かせることが、大切だということも知った。
花は言う。
どの声を栄養として取り入れるかは、いつだって自分次第。
