消せない下書き359記事から見えてきたもの
noteの下書き、気づけば359記事(公開中330記事)。noteを始めて、もうすぐ8ヶ月です。公開している記事より多いなんて、わたし自身も驚きました。そんな「下書きとの向き合い方」をちょっと語ってみます。
下書きの記事数が表示されることを知らなかったのですが、みなさんはご存知ですか?(ことばとさんに教えてもらって知りました。ありがとうございます。)
web上でnoteを開き、「自分の記事」→「公開ステータス」→「下書き」を開くと、出てきます。

わたしは公開中の記事をこれまで、月別の投稿数を電卓で足して出していましたが、「公開中」を選ぶと出てくることが分かりました。

ちなみに、みなさん下書きがいくつあるか気になって、聞いてみました。ことばとさん1記事、音羽しーなさん2記事。
うわあ、スッキリしていて、いいなあ。
って、一瞬でなりました。そうですよね〜、だって表示される上の方くらいしか見ないですものね。でも、なんだか消せない。日記を消すみたいで。でも、こんなんじゃ、いつまで経ってもごちゃごちゃのまま。
ええい、消してしまうぞ、全消しだ、全消し!
うーん…でも、まだ残しておきたい気もする。下書きには、日付も時間も出てくるので、わたしあのとき、こんなこと書こうとしてたのかーってなる。もう日記やん。
日記って捨てるの難しくないですか?わたしは、なかなか難しくて、捨てるまでに何年も時間を要しました。
でもなー、残してても意味ないよなー。(あ、また意味さがししてる。わたしのクセだ。)消したいなー。うーん、まだ消したくないなー。ってグズグズの朝。意味より大切なモノを探さなきゃ。
ま、いっか。いつか消そう。(いつ?)うん?いまじゃないけど、いつか、ね。だって、いまじゃない気分だから、しょうがない。うん、いつかだよ、いつか。
意味より、自分のいまの気持ちが大切。いまはまだ消したくないのだったら、その気持ちに従ってみようっと。
あ、下書きは、ごみなんかじゃない。わたしの“途中“が詰まってるから。わたしは途中の段階も大切にしたいし、思考の生い立ちを残しておきたい。いつか消せる。消したくないから残してるってことは、やっぱり、記事が出来上がる過程も、いまは大事にしたいって気持ちの表れなのかもしれない。
…だから、今日も下書きが増えていく。それでいいのかも。「残しておく」。それがいまのわたしのやりたいことだから。
最後に、どうしても言いたい。知ってる人には、知ってるはなし。ヨシタケシンスケさんの赤い本(『こっちだったかもしれない』──ヨシタケシンスケ展かもしれない公式図録)もあるくらいだから。残したいならそれでいいんだよ、って。書きながら、なんとなくそう思えた。



捨てたくないものは、無理に捨てなくていい。人には不要に見える物も、どんな形であれ、宝物は宝物と思えた一冊。
書く部のお題「教えて!あなたの下書き事情」
