マッチングアプリで会った女性が、写真と別人級に違った
—顔の違いより、期待を裏切られたことに腹を立てていた
1.待ち合わせ場所に、写真の女性がいなかった
待ち合わせ場所には、写真の女性がいませんでした。
土曜日の午後2時。駅前のカフェの入口で、私はスマホを何度も確認していました。
アプリで見ていた彼女は、肩までの髪に、すっきりした輪郭。明るい笑顔が印象的な女性でした。
「白いブラウスを着ています」
事前にそう聞いていたので、近くにいる女性を探します。
けれど、それらしい人が見当たりません。
約束の時間を5分ほど過ぎた頃、一人の女性がこちらへ近づいてきました。
「○○さんですか?」
名前を呼ばれて、私は一瞬、返事ができませんでした。
その人が、アプリで10日以上やり取りしていた女性だと分からなかったからです。
髪形も、輪郭も、目元の印象も違って見えました。
写真が少し盛れている程度ではありません。
私には、別人のように見えました。
「あ、はい。○○です」
どうにか笑顔を作りましたが、頭の中では別の言葉が浮かんでいました。
騙された。
その瞬間から、デートを楽しむ気持ちはほとんど消えていました。
2.会話よりも、顔の違いばかり見ていた
カフェに入り、向かいの席に座りました。
彼女はアプリで話していたときと同じように、穏やかに話してくれました。
仕事のこと。休日の過ごし方。最近見た映画のこと。
メッセージでは話しやすい人だと感じていましたし、実際に会っても会話を続けようとしてくれていました。
それなのに、私は話の内容に集中できませんでした。
「どの写真が一番新しかったんだろう」
「加工アプリを使っていたのかな」
「この角度なら、あの写真のように見えるのかもしれない」
相手が話している間も、そんなことばかり考えていました。
彼女が笑えば、写真の笑顔と見比べる。
飲み物を口に運べば、横顔を確認する。
私は会話をしているつもりで、実際には答え合わせをしていました。
写真と実物が、どのくらい違うのか。
なぜ違って見えるのか。
どこまでが撮り方で、どこからが加工なのか。
目の前に一人の人がいるのに、私はその人自身を見ようとしていませんでした。
3.「早く帰りたい」が態度に出ていた
彼女から、
「○○さんは、休みの日によく出かけるんですか?」
と聞かれました。
私は、
「まあ、たまにですね」
とだけ答えました。
本当なら、そこから趣味の話を広げられたはずです。
アプリでは、お互いに行ってみたい場所の話もしていました。
けれど私は、会話を広げようとしませんでした。
飲み物がなくなっても追加注文はせず、時計を見る回数が増えていきました。
彼女も、途中から私の変化に気付いていたと思います。
最初はよく話していたのに、少しずつ口数が減りました。
笑顔も少なくなり、質問もしてこなくなりました。
それでも当時の私は、
「写真と違う方が悪い」
と思っていました。
相手が実物と印象の異なる写真を載せていたのだから、自分が冷めるのは当然だ。
楽しく話せないのも仕方がない。
早く帰りたいと思うのも、失礼ではない。
そう自分に言い聞かせていました。
1時間ほどで店を出た後、私は、
「今日はありがとうございました」
とだけ送りました。
彼女からも、ほぼ同じ文章が返ってきました。
その後、どちらからも連絡することはありませんでした。
4.怒っていたのは、顔が違ったからだけではなかった
写真と実物の印象が大きく違えば、戸惑うのは自然なことだと思います。
見た目も、相手を知るための情報の一つです。
加工の強い写真や何年も前の写真を現在の姿のように掲載することに、不誠実さを感じる人もいるでしょう。
だから、「見た目を気にする自分は最低だ」と無理に責める必要はありません。
私も、写真との違いに驚いたこと自体が悪かったとは思っていません。
ただ、後から振り返ると、私が腹を立てていた理由は、それだけではありませんでした。
私は会う前から、写真をもとに彼女の姿を頭の中で作り上げていました。
「この人と会えたら、周りからも羨ましがられるかもしれない」
「こんな女性と付き合えたら、自分にも自信が持てるかもしれない」
まだ一度も会っていないのに、勝手に期待を膨らませていたのです。
そして、実際に現れた彼女が自分の想像と違ったため、
「期待を裏切られた」
と感じました。
彼女が約束したわけでもない理想像を、自分で作った。
その理想像と違ったことに、自分で腹を立てた。
もちろん、写真の選び方に問題がなかったとは言いません。
ただ、私の怒りのすべてを相手のせいにするのも違いました。
5.自分も「よく見える写真」を選んでいた
さらに都合が悪いことに、私自身もプロフィールには写りのいい写真を載せていました。
友人に撮ってもらった、自然に笑えている一枚。
照明が明るく、肌がきれいに見える写真。
少し前に撮影した、今より痩せていた頃の写真も混ざっていました。
大きく加工していたわけではありません。
それでも、数十枚ある写真の中から、自分が最もよく見えるものを選んでいました。
「第一印象が大事だから」
「わざわざ写りの悪い写真を載せる必要はないから」
そう考えていました。
自分がよく見える写真を選ぶことは自然。
でも、相手の写真が実物よりよく見えたら「騙された」と怒る。
その基準は、自分にだけ甘いものでした。
写真と実物の差には程度があります。今回の違和感と、私が写りのいい写真を選んだことが、まったく同じだとは思いません。
それでも、自分もまた「できるだけ魅力的に見られたい」と考えていた事実は認めなければなりませんでした。
マッチングアプリでは、ほとんどの人が悪く見える写真より、よく見える写真を選びます。
問題は、写真を見た側が、それをその人のすべてだと思い込んでしまうことです。
6.写真と違うことと、雑に扱っていいことは別だった
仮に、相手の写真の使い方が不誠実だったとしても、その人を雑に扱っていい理由にはなりません。
恋愛対象として見られないことはあります。
もう一度会いたいと思えないこともあります。
それ自体は、無理に変える必要のない感情です。
しかし、目の前の相手に露骨につまらなそうな態度を取ることとは別の話です。
その日、彼女は時間を空け、待ち合わせ場所まで来ていました。
会話を続けようともしていました。
私は恋愛対象として見られないと感じた時点で、彼女への関心をほとんど失いました。
相手の話を聞かず、質問にも短く答え、早く帰りたいという気持ちを隠そうともしませんでした。
「次はない」と判断することはできても、その1時間を最低限気持ちよく過ごすことはできたはずです。
私は写真との差に傷ついた側だと思っていました。
しかし同時に、態度によって相手を傷つけた側でもありました。
7.見た目の違和感と、誠実さを分けて考える
写真と実物が違ったとき、無理に相手を好きになろうとする必要はありません。
外見を重視すること自体を、きれいごとで否定する必要もないと思います。
ただし、二つの問題は分けて考えるべきです。
一つは、実際に会った相手を恋愛対象として見られるか。
もう一つは、プロフィール写真の使い方に誠実さを感じられるか。
実物が想像と違っても、話してみたら居心地がよく、また会いたいと思うことがあります。
逆に、見た目は好みでも、古い写真や強い加工を意図的に使っていることに不信感を持つ場合もあります。
大切なのは、「写真と違った」という第一印象だけで、相手の人格まですべて決めつけないことです。
そのうえで、自分がもう一度会いたいかを考える。
会いたくないなら、無理に関係を続ける必要はありません。
ただ、相手を罰するような態度を取る必要もありません。
「今日はありがとうございました。お話しできてよかったです」
その場では礼儀を保ち、次の約束はしない。
必要なら後から、恋愛関係を続ける意思がないことを、曖昧に期待させない形で伝える。
それで十分です。
8.会う前に、写真の中の相手と恋愛しない
あの日の私は、目の前の女性に失望したつもりでした。
けれど本当は、会う前に自分で作った理想像が壊れたことに失望していたのだと思います。
プロフィール写真は、相手を知るための入り口です。
その人自身ではありません。
写真だけを見て期待を膨らませれば、実際に会ったときの小さな違いまで「裏切り」に感じます。
反対に、会う前から外見も性格も理想的な人だと思い込まず、
「実際に話したとき、自分はどう感じるだろう」
と考えておけば、目の前の相手を見る余裕が生まれます。
もちろん、写真と実物が別人級に違えば、驚きます。
「これは少し違いすぎる」と感じることもあります。
その感覚を無理に否定する必要はありません。
ただし、期待と違った相手を雑に扱った瞬間、自分まで不誠実な側に回ります。
写真と違ったから、次は会わない。
それは一つの判断です。
写真と違ったから、会っている間も相手を尊重しない。
それは別の問題です。
あの日、私は彼女の写真の使い方ばかり責めていました。
でも、今振り返って一番恥ずかしいのは、写真との差そのものではありません。
期待を裏切られたと感じた瞬間、目の前の相手を一人の人として見ることをやめた、自分の態度です。
