演劇という生ものの利点
ライター:ペルヴ
はじめに
今回の記事は、これまで自分がなんとなくで感じていたことを言葉として発信してみようということで筆を執ることにしました。
言ってしまえば壁あてみたいなものなので、「ダラダラ喋ってんな~」くらいの認識で見ていただけると幸いです。
それではどうぞ~
演劇は流行ってない?
うろ覚えで申し訳ないのですが、確かこのような発信をお笑い芸人であるダウ90000の蓮見さんがおっしゃっていたと記憶しています。
「演劇が流行ってなかったからお笑いに行ったけど、お笑いもそんなに流行ってなかった」みたいな発言だったでしょうか。
一応似た感じの発言を乗っけときます。
そして誤解の無いように言わせていただくと、私はこの発言を非難したいわけではありません。
むしろ、事実としてそういう側面もあると感じています。
なぜなら、創作物を世に発信するためのコンテンツとして「演劇」はあまりにも非効率だからです。
こと「自分のお話を発信する」という目的であれば、小説などの文字面のみで完結する紙媒体(今は紙じゃないこともありますが)の方が手軽に行えるでしょう。
仮に他者を巻き込むにしても、カメラで撮影した映像媒体を使った方がより多くの人の目に触れます。
しかもネットが発達した現代であれば、これまでよりはるかに手軽に、そして多くの人の目に触れてもらうことも可能でしょう。
わざわざ見れる人が限定された劇場や会場を使って、一度しか見せることができないという性質は、技術が発達した現代社会から見れと時代遅れと言わざるを得ません。
だから、「演劇が流行ってない」は割と事実なのではないかと感じます。
少なからず演劇に関わった身として耳の痛い話ではありますが、同時に理解もできてしまうのです。
しかし、だからといって演劇が他のコンテンツと比べて劣っているとは思いません。
これはある種の棲み分けみたいなものなのではないでしょうか。
小説には小説の利点が、映画には映画の利点があるように、演劇には演劇の利点があると考えています。逆もまたしかりです。
演劇の利点とは?
ここからが本題です。
これまで演劇の欠点ばかりにフィーチャーしていましたが、今度は利点の方に目を向けていこうと思います。
演劇の利点は何なのか。私が考える答えは、題名の通り生ものであることだと考えています。
生ものとはつまり、「生身の人間が、目前で物語を演じている」ということです。
当然ながら小説でも映画でも、生身の人間は目の前に出てきません。
だからこそ、他では感じられないリアリティが演劇にはあるのではないでしょうか。
よく、「演劇は観客との対話だ」みたいな話があると思います。
これは生身の人間が目前で演技をしてることから、観客も一緒にその感情や空気感を感じられることから来ていると私は解釈しています。
実際目前で行われてる以上、役者と観客の間には何の隔たりもありません。
例えば、議論が対立してとてもギスギスした会議室にあなたがいるとしましょう。
そんな時、仮に何も発言しなかったとしてもそんな状況下にいたら余程の強メンタルでもない限り緊張したり、居心地の悪さを感じるのではないでしょうか。
きっと劇場で起きていることも、これと似ているのではないかと思います。
生身の人間が感情を震わせる姿を見て、同じく観客も感情を震わせることができる。
それは正の感情も負の感情も等しくです。
このような、リアルな感情をジェットコースターのように楽しむことができるコンテンツだという点が、「演劇」の利点だと私は考えます。
おわりに
こういった利点のある「演劇」というコンテンツだからこそ、脚本を書く際にはそれを活かせるような工夫をしたいものだなーと思ったりしてます。
という感じで、私の言語化練習はこの辺でおしまいにします。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました!
